もう、キスだけじゃ足んない。
甘利くんのときもそうだった。
好きになってくれるのは本当にうれしいけれど、ごめんなさいするのは相手が誰であれ、胸が苦しい。
だから。
先輩のためにも、先輩の音楽のためにも。
残りの撮影、気を引き締めなきゃいけない。
先輩、本当にありがとうございました。
こんな私を好きになってくれて、相手役にも選んでくれて。
「胡桃」
「うん?」
「残りの撮影もがんばろうな」
「うん」
ふたり並んで、後ろ姿が見えなくなるまで先輩の背中を見つめ続ける。
先輩、私がんばりますから。
「でも、ほんとによかった……」
「え?」
それから。
緊張の糸がほどけたように、はぁ……っと、深く息をはいた遥。
「いくらMVとはいえ、胡桃が他の男とそういうことするの、見てるのめちゃくちゃ堪えたから」
「うん……」
私も。
もし今回立場が逆で、遥がきれいで可愛い女優さんとああいうことしなきゃいけないって思ったら、私なら泣いちゃうかもしれない。
もちろん遥の仕事のためだから、本人がいる前では絶対に泣かないし、我慢するけれど。
私の相手が遥じゃないとダメなように、私も遥じゃなきゃ、いや。
「胡桃、抱きしめても……は?」
声ひっく……!
こっちを向いた遥の声がいつもより何倍も低かったのは空耳じゃない。
「ど、どうかした?」
「謎に空いたこの距離……既視感あるんだけど、それ俺だけ?」
「……気のせいじゃない?」