もう、キスだけじゃ足んない。
「胡桃」
「っ……」
その声もやめて……!
アーティストとしての甘い声をフルに使うの!
「こっち来て。俺のこと、見て」
「っ……」
無理!
こんなてんわやんわな状態で遥に近づいちゃったら、心の声我慢できる自信ない……!
辺りはどっぷり陽も落ちて、真っ暗。
けれどバラ園も噴水もライトアップされてるからとびきり幻想的な雰囲気で、そんな中でタキシードを着て、甘く呼ばれる。
遥と付き合って、今まで何十回とキスしてハグしてきたのに。
それだけで。
艶っぽさに拍車をかけるような景色をバックに、大人の色気を振りまいてる遥に近づいたら、それだけでもう、めまいがしちゃいそうで。
今までアーティストとしていろいろな衣装を着ているのは見たことがある。
この間の文化祭のステージのときも、屋上で白のタキシードを着ていたときも。
でもやっぱり遥が似合うのは、暗い色。
プラスいつもは下ろしている前髪もセンター分けでゆるくパーマもかかってて。
その熱っぽい目に見つめられたら、もうそれだけで、体が熱くなってきて。
ぜんぶ、ほしい。
そう言った遥なんかより、私の方がよっぽど、はしたない。
ふれても、ふれられてもない。
ただ遥の姿を見ただけで、一人興奮してるみたいになって。
こんなみだらな女だって、はずかしすぎて、絶対にバレたくない。
「胡桃」
「……」
「くーるーみー」
小さな子供を諭すような優しい声。
いつまでもこんなことしてたって、埒が明かないし、悪あがきだってこともわかってる。
でももう少し、心の準備をさせてほしい。
「……」
「……」
動かない私。
黙ってしまった遥。
そよそよと水の流れる音だけが私たちの間を流れていく。
遥、どう思ってるのかな。
いきなりこんな……訳のわからないことをして。
離れたくないのに、離れたい。
戻りたいのに、戻りたくない。
いつまで経っても彼氏としての遥に慣れない私。
いいかげん、このくすぐったいの、自分でもどうにかしたいと思ってるけど……。
「胡桃のその格好、まじでかわいい」
「っ!?」
急に何!?
しばらく静かだと思ってたら急に甘い言葉をぶつけられた。
「ずっと言おうと思ってた。
妖精……いや、妖精じゃなくて」
「なに……」
「お姫さま、だよな」
「はっ!?」
「あ、やっとこっち見てくれた。
すっげえうれしい」
「っ〜!!」
ずきゅうううん!
お姫さま。
そんな言葉につられて思わず遥を見てしまった私はグッと胸を押さえた。
「胡桃?」
「っ……なんでも、ない」
なにその顔!狙ってるの!?
目が合っただけなのに。
パァッと華が咲いたみたいに、幸せでいっぱいって顔で。
貴重すぎる遥の笑顔……心臓に悪いし、めっぽう弱い。