もう、キスだけじゃ足んない。
お姫さまだっこされた体は、片時も離れることは許さないと言わんばかりに引き寄せられて。
「急ぐから、掴まってて」
ドッドッドッ。
矢継ぎ早に告げられた言葉。
焦るように歩く遥の腕の中で流れていく夜景。
とんでもない熱量を含む瞳と、どろりと溶けそうなほど甘い声は、これからのことをより意識させて、もっと鼓動が速くなる。
「ま、待って……っ」
「待たない」
「でも、私……っ、」
初めて、だから。
ふれてもらえる喜び以上に。
うまくできるかなって緊張と、はずかしいのと。
そして、ちょっぴりの恐怖。
や、やだ……。
好きな人に求められて、これ以上にないくらい幸せでうれしいはずなのに、遥相手に、怖いだなんて。
そう思ってしまう自分が嫌で、思わずぎゅっと首に抱きつけば。
「かわいい、胡桃」
「え……」
かわ、いい……?
遥は立ち止まると、いろんな感情に震える私の背中を優しくトントンしてくれた。
「素直な気持ち、教えてくれてありがとう」
聞こえているのはもちろん、私の心の声で、口には出していない。
それどころか、思いっきり抱きついたのに、遥はしっかり受け止めてくれて、「大丈夫」って、ゆっくり頭をなでてくれて。
「男の俺なんかより、女の子の胡桃のほうがよっぽど負担が大きいから、そう思って当然だよ。だから、応えようとしてくれるだけで、ありがとうって気持ちでいっぱいなんだよ」
「遥……」
「それに……俺も、だから」
「え?」
「なにが、は敢えて言わないけど……俺の好きな女の子は、過去も今もこれからも、ずっと胡桃だけだから」
「っ……」
それはつまり、遥も私と同じく初めてってこと……。
「あ……」
「わかる?」
そっと後頭部を引き寄せられて、遥の胸にピタッと顔をつければ。
ドッドッドッ。
私にまで振動が伝わるほどの大きな心音。
同じ、だ……。
「余裕あるように見えてるのかもしんないけど、さっきも言った通り、余裕なんてこれっぽっちもないよ、俺。好きな子の前で、かっこつけるのに必死」
「っ……」
いつもクールで、何にも怖気なさそうな遥が。
「ずっと大好きだった子だから。
やっとだって、めちゃくちゃ嬉しいけど、緊張するし、怖いよ、俺も」
「はるか……」
「けど、こんなかっこ悪いところ、本当は見せたくなかったんだけどな……」
珍しく耳まで真っ赤にして、それでもはずかしいからって、目を逸らされることはなくて。
私の恐怖を取り除こうと、すべてをさらけ出そうと、キャラじゃないのに、ぜんぶ教えてくれた。
そう思ったら、不思議と怖い気持ちはなくなって。
「っ、う……」
「胡桃?」
残ったのは、遥への愛おしさだけ。
胸がきゅうっと締めつけられて、変わらず私を第一に考えてくれるその優しさに、涙がこぼれた。
「胡桃」
「ん……っ」
額に、頬に、こめかみに。
最後にまぶたに落ちてきた唇を追うように目を開けた瞬間、とびこんできたのは。
「とびきり優しくする。うまくとか、そんなの一切考えなくていいから、胡桃は俺に、たくさん、たくさん甘やかされてて」
だから俺に、ぜんぶ預けて。
愛おしいと言わんばかりに甘く微笑む表情で。
「うん……」
またゆっくり動き始めた心地いいぬくもりに、そっと目を閉じようとしたとき。