もう、キスだけじゃ足んない。


「あーちゃん声大きい!
びっくりしたって!」

「それはごめんって!
えっ、でも桃華、ほんとに!?」

「……うん」


「きゃああああーーーッ!」

「ああっ、もうーーー!はずかしいーーー!」


もう無理!耐えられない!と最後は両手で顔を覆って、俯いた桃華。


うそ……?ほんとに?

まじですか、桃華さん……。

杏も、いつの間に……。


「桃華!いつ!?どこで!?」


桃華が杏と。

その事実に口をポカンと開けるしかできない私の横で、鼻息が荒いのにも気にせずに、いくつもの質問を投げかけるあーちゃん。


「1ヶ月前……Mateの撮影の1週間後の日曜日に、杏の部屋で」


「結構前だね……えっ、でも付き合って2週間くらいしか経ってないよね……?」


言われてみれば、そうかも。

付き合ったって話を桃華と杏から聞いたのがMateの撮影の前日で、その1週間後に、だから……。


「うん、自分でも早いって思ったよ。杏も。
でもね、」


「うん」


「今、杏、ライブの準備で忙しくしてるじゃない?胡桃もそうだと思うけど、ふたりとも、2ヶ月近くバタバタしてて、会えない日も多くて」


うん。

遥も言ってた。


同じ家に住んでいるのに、すれ違ってるみたいな状態。

学校もほとんど来てないし、朝から晩までずっとお仕事。

文化祭のときみたいに、またホワイトボードでやりとりしてる生活。

朝起きれば、作った夜ごはんと朝ごはんはぜんぶキレイに完食してくれてて、洗い物まで。


大丈夫だよ、それくらいやらせてって何度も言ってるけど、遥はいつもありがとうってメッセージを残すだけ。


お仕事だって、仕方ないって分かってる。


でもその優しいメッセージを見るたびに、苦しいくらいに寂しくて。


会いたい、声が聞きたい、抱きしめてほしい。


日に日に膨れ上がる気持ちは、胸が押しつぶされそうなほど大きくなって。

遥が、たりない……。


「時間がすべてじゃないと思うんだ。しばらく離れきゃいけないってお互い分かってたし」

「今も寂しくないって言ったら嘘になるけど、つながってるのは心だけじゃないって思ったら、ものすごい心強いよ」


「なんか桃華、この短期間のうちにすっごく大人っぽくなったね……」

「うん……」


桃華、すっごくキラキラして見える。

自信満々っていうか、ますます杏への気持ちが大きくなって。

好きな人にふれてもらえること。

抱きしめてもらえること。

それは女の子を無敵にさせる魔法みたいなもの。
< 241 / 323 >

この作品をシェア

pagetop