もう、キスだけじゃ足んない。
***


それから重い腰をあげて、なんとかお風呂に入って鏡を見れば。


「あー、目真っ赤……」


充血してるし、まぶたが赤く腫れてる。

ひどい顔……こんなんじゃ、可愛くないって言われたっておかしくない。


「はぁ……」


ドサッとソファーに腰かけて、ぎゅっと目をつぶる。

泣きたく、なかったんだけどな……。

我慢するつもりだった。

泣いたらもう、自分がただ下へ下へ落ちていくしかない気がして。

桃華にも、あーちゃんにも、また心配かけちゃったし……。

ブーッ……。


メッセージ……だれかな。

お母さん……?

重いまぶたを押し上げて、そっとスマホを手にとる。

「えっ……遥っ!?」


ガバッと起き上がって、急いでホーム画面を開く。


【今日も泊まりになった。連絡遅くなってごめん。もうご飯、用意してくれてたよな……本当にごめんな。胡桃のご飯、食べたかった】


そっか……帰ってこないのか……。

でもこんな顔だし、逆によかったのかな……。


今日は帰ってこれるかもって前にホワイトボードに書いてあったから、もしかしたら起きているうちに話せるかも。

でもその望みも、瞬く間に消えてなくなってしまった。


我慢、我慢、我慢。

熱くなる目元を必死にこらえて、違うことを考えようと、遥用に作った夜ごはんにラップをかけて、冷蔵庫にしまう。

今日のメニューは、タンパク質がたっぷりとれる豆腐ハンバーグ。

毎日歌にダンスに忙しい遥のために、ヘルシー且つ栄養満点のメニュー。

でも作ったのは遥の分だけ。


私はあんまりお腹が空いてないから、一緒に作った野菜スープを少し飲んだだけ。


『胡桃のご飯が食べたい』


帰れるかもってメッセージのあとに、ホワイトボードに書かれていた文字。


私も、作ったご飯、食べてほしいよ。

おいしいって、言ってほしい。


今日みたいに遥がいない夜、書いてくれたメッセージを、一人、何度も読んで眠りにつく。


遥が出ている音楽番組を見たって。

遥が載っている雑誌を見たって。

遥の歌う歌を聞いたって。


離れているこの距離は埋まらない。ずっと変わらないまま。

声が聞きたい。会いたい。

胡桃って、よんでほしい。


一人になった瞬間。

世間の目や言われた言葉が思い出されて、より遥に抱きしめてほしくてたまらなくなる。


遥……。

遥。


寂しい、よ。


そう思って、視界がぐにゃっと歪んだ瞬間。
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