もう、キスだけじゃ足んない。


「あー……言わなきゃ良かった。
胡桃に庇われるとか、アイツには無量大数年早い」

「え、なに?」


無量……なんて?


「とにかく。胡桃が寝るまで電話つなげとくのは決定事項だから。そのまま寝てくれてもいいし、なん
なら一晩中話しとく?」


「そ、それは大丈夫……」


明日の遥の予定にも支障が出るだろうし……。


「俺はべつに1日2日寝なくても平気だけど。胡桃の声聞いてる方が、比べものにならないくらい、力になるし」


「ありがとう……気持ちだけ受け取っとくね」


「それは残念」


今の言葉……たぶん、遥は本気。

もし私が一晩中起きてるって言ったら、絶対に付き合ってくれたはず。

だって今の声、冗談で言うトーンじゃなかったから。

これは大人しく寝るのが良さそう……。


「胡桃?もう横になった?*

「なったよ……?でもよくわかったね」

「ベッドのスプリングの音聞こえたから。
スプリングと言えば、あのギシッって音、エロいよな」

「なにいってるの……」


いつも以上に、なに急に?なんてことばかり言うから、自然と笑みがこぼれて、気づけば心はポカポカあたたかくて。


「もう、眠くなってきた……」


最近は深夜になってもぜんぜん眠くならなくて、いつも寝不足で、朝起きるのがつらいときもあって。

でも今は、不思議と今すぐにでも眠れそう。


電気を消して、布団に入って、まぶたも閉じているせいか。


「なんかいっしょに布団に入って寝てるみたいで、幸せ……」


思考も体も、ぜんぶがふわふわ気持ちよくて。


「ふふっ、そっか……俺の声、好き?安心する?」

「うん……大好き」


ふだんはなかなか言えない「好き」って言葉もつい口をついて出てしまう。


遥は、ヒーローみたいだ。

強く降り続ける雨や風に打たれる私をあたたかい光の中へと導いてくれるヒーロー。


「っ……ほんとさ、なんでそう、寝ぼけてるときばっかかわいーこと言うかな……」


「寝ぼけてないよ……?」


目、閉じてるだけ。


「うそ。声がふわふわしてる。眠気でぽやぽやしてるときの胡桃、まじでやばいから。前の文化祭の準備のときも……胡桃?」


そう、ふわふわ。

風が雲に溶けちゃうみたいに、あたたかくて優しい何か……日向の中にいる感覚。


「もう寝ちゃいそうだね」


思考がとろとろ眠気に侵されて、はっきりなんて言っているかが聞こえない。


でも……。


「明日は、久しぶりに早く帰れると思うから。
いっしょにご飯食べて、いっしょに寝ような」


それはとびきりうれしい、幸せなメッセージ。


「おやすみ、胡桃。大好きだよ」


うん、私も……。

ありがとう、遥。


その声を最後に夢の中へと落ちていった私は。

その日の夜は久しぶりに、ぐっすり眠ることができた。
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