もう、キスだけじゃ足んない。


なにが、なんて言われなくても俺が一番分かってる。

落ちていた視線がゆっくりと上がって、何も言えない俺を期待の孕んだ瞳が見上げてくる。


「っ……だめ、だって」

「どう、して」


俺がほしいと、求められてる。

大好きで、何よりも大切でたまらない彼女から、誘われてる。


俺だってしたい。

でも今は。


「酔ってるから、だめ」


いくら今ふつうに話せてたって、あとで覚えてませんでした、なんてことが、万が一にもあったらいやだから。

シラフのとき、ちゃんとお互いの意識がはっきりしてて、俺が桃華にしたこと、言ったこと、ぜんぶ覚えていてほしいから。


「だめ。体調のことだって心配だし、今日はもう寝よう?ね?」

「酔ってないもん」

「酔ってる人はみんなそう言うの」

「なんでそんなこと知ってるの?まさか女の人?」

「違うよ。桃華もあるでしょ?打ち合わせでマネージャーが飲んでるとき。俺も前に千歳くんと、遥と3人で打ち合わせしたときに、千歳くんだけ飲んでたの」

「そもそも別の女の子とふたりでとか、俺が死んでもいや。大好きな桃華がいるのに」

「っ……杏、」

「俺の彼女は桃華で、俺が好きなのは桃華だけ。
なんか不安にさせてた?」


俺の言葉が足りないなら、俺の愛が足りないなら、何回でも何百回でも言ってあげたい。

不安になんてさせたくない。

やっと、やっと、ずっと好きだった子と付き合えたのに。


「ううん、不安なんかないよ……杏、あたしのこと、すっごく大事にしてくれてるの、伝わってくるから」

「っ、桃華……」

「好き、」

「桃華……!」

「大好き」


またもやぎゅうっと抱きつかれて、くらくらめまいがしてくる。

ふだんはなかなか言ってくれない「好き」と甘え。

ただでさえ、俺のシャツ着てて、やわらかいとこ押しつけられて、きついのに。


「また、離れちゃうんだよ」

「桃……」

「つらい、よ……っ」

「桃華……っ」


ぽろりと落ちた一筋の涙。

それを境に、何度も何度も頬を濡らして。


「……て、」

「え……」

「たすけ、て……」

「っ!!」
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