もう、キスだけじゃ足んない。


「……胡桃」


すぐに体を起こした俺は、寝ている彼女にそっと毛布をかけて、もう一度抱き寄せた。


寂しい。

会いたい。

離れたくない。

一緒にいたい。


目を閉じていたって、彼女がそばにいなくたって。

昨日電話していたときの、孤独や苦しさに耐える彼女の声が何度も頭の中を木霊する。


胸が引き裂かれるかと思うほど、苦しいと全身で叫んでいるような声。


今日久しぶりに会ったとき。

抱きしめなくても、目で見て分かるほど、痩せた胡桃の体。


「くっそ……っ」


何度、腸が煮えくり返りそうだと思ったか。


胡桃たちを苦しめているやつらへの怒りと。

何もできない自分への怒りがただただ頭を占める毎日。


胡桃たちからは何も聞いていなくても、俺たちへの評価や世間の声は、嫌でも耳に入ってくる。

それを初めて聞いたとき、人生で初めて殺意が沸いた。


近づくな?調子に乗るな?

似合わない?


ただの外見しか見てないおまえらに、なんの権利があってそんなこと。


俺たちを悪く言うのなら、いくらだって構わない。

でも彼女のことだけは。


胡桃を悪く言うことだけは、黙ってられない。

許せない。


事務所に、胡桃たちに当たるのはやめるように言ってほしいといくら頼んだって、刺激するだけだからと断られ。

なら自分たちで言うからと突っぱねれば、今は大事な時期だからやめてくれと説得され。


胡桃や桃華がそうまでになってしまった理由、その原因は、すべて俺たちにあるのに。


彼女以上に大切なものなんてない、俺にとっての生きがいである彼女が苦しんでるのに。


自分の保身のことしか考えない、頼りにならない大人たち。

顔が見えないのをいいことに、ネットに好き勝手書きこんだり、悪いのはおまえだからと容赦ない言葉を浴びせて、面白がっているやつら。

結局誰もが自分が一番可愛くて、自分のことしか考えてない。

言われて、傷つけられた本人のことなんて誰も考えちゃくれない。


結局、胡桃たちのことを考えてくれるやつは、誰一人としていないんだ。


だったら……。


そばにいたい。

離れたくない。

ずっと隣で笑っていてほしい。


付き合ってから、仕事で会えない日々が次第に増えていく中で、ますます膨らんでいった感情。

抑えきれないほどに、溢れる彼女への想い。


助けて。

行かないで。

そばにいて。


聞こえる。

震えて、細くて、小さい、彼女の声。


だったら。

俺は、俺たちは……。

俺たちがすべきこと。

俺たちが望むのは─────。
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