もう、キスだけじゃ足んない。
***


プルルル……プルルル。


「……もしもし」

「もしもし、杏。
俺、遥だけど」

「うん。今俺も電話しようと思ってた」

「桃華は?」

「大丈夫。ちょっと泣かせちゃったけど……」

「それはどっちの意味で?」

「両方かな」

「杏……」

「ごめんごめん。
そっちこそ、胡桃は?」

「大丈夫。特に体調悪いとかもないし。
ぐっすり寝てる」


あれからそのまま寝てしまった胡桃にもう一度布団をかけ直して。

離れるのが名残惜しくて、ダッシュで風呂に入ってきた俺。

「はる、か……」


タオルで頭を拭いていたら聞こえた小さな寝言。


「胡桃……」


そっと頭をなでた手を、涙の後が残ったままの頬にすべらせていく。

この世で一番大好きで、大切で。

それは過去もこれからも、一生変わらない。

すべてを引き換えにしても守りたい、愛おしい存在。


「遥。あの話だけど」

「ああ。俺もそのことで電話した」


胡桃……。

やわらかい前髪をかきあげて、白い額に唇を落として、包み込むように抱きしめた。


「やっぱりライブのときに……」

「ああ」


胡桃……待ってて。

もう少し、だから。
< 280 / 323 >

この作品をシェア

pagetop