もう、キスだけじゃ足んない。
夜明け、シーツの波に溺れるふたり
4人でご飯を食べた日から数週間。
放課後。
日直の仕事で少し遅くまで残っていた私は、帰り際、自販機まで来て一休みしていた。
「はー……」
あの日から、遥と杏は、一度も家に帰ってきていない。
『よく寝てたから起こさないで行くな。
行ってきます』
間違えてお酒を飲んでぶっ倒れた次の日、私が起きたのは昼で。
最悪なことに、お酒を飲んだあとの記憶は、一切なかった。
「っ……」
こうして一人になるたびに、最近ますます過激した言葉の数々が頭に響いて、その度にうまく息ができなくなる。
『どうせすぐに収まる』
きっと騒がれるのは今だけだ。
そう思っていた考えは甘すぎた。
遥の話題だけじゃなくて、杏と桃華がダブル主演を務めたドラマの放送の影響もあって、ますます厳しくなってしまって。
遥の彼女だけじゃなくて、杏の幼なじみであることまで世間に知れ渡ってしまった。
いつかはこうなるって分かってたし、今は踏ん張りどきだと自分に言い聞かせていたけれど。
桃華も、私も。
遥たちに会えないことも相まって、ますます疲弊していた。
毎日電話やメッセージでやりとりはする。
でも忙しい、ライブまで時間がないって思ったら、何度も連絡するのも気が引けてしまって。
朝起きて、学校に行って、帰ってきて、寝る。
孤独と積み重なる罵倒に、一人耐えるだけの日々。
桃華とも時々会ってはいるけど、ますます疲れが濃くなるその顔を見ているのも、だんだん苦しくなってきてしまって。
会いたい。
寂しい。
助けて。
声にならない助けを、夢の中で何度も呼ぶしかできない毎日。
「あーちゃん、驚いてたなぁ……」
寝不足でふわふわする頭の中で、今朝のあーちゃんの言葉を思い出す。
「えっ、bondのライブ、見に行かないの!?」
「うん、行かないよ」
「なんで!?
胡桃なら関係者席で特等席で見られるんじゃないの!?」
「ファンの人は私を目の敵にしてるから、せっかくライブに来てるのに、私の顔なんて見たくないでしょ……」
「そんなこと……」
ライブは明後日、日曜日。
だけど、桃華も、私も。
当日は、楽屋にも、もちろん会場にも行かないって、前もって遥たちに伝えておいた。
私たちの事情を察しているからか、『分かった』としか言わなかったし、
ネットでも生配信をやってくれるらしいから、家で見ようと思う。
「胡桃は、それでいいの?」
「うん、いいんだよ……」
何度あーちゃんに、こんな苦しい顔をさせただろう。
味方だと言ってくれた、心強い、大好きな友達。
私たちのせいで、いつかあーちゃんまで悪く言われる日が来るんじゃないかと思ったら、それこそ怖くて。
そんなことになったら、壊れかけた心は、もう二度と立ち直れない。
「どうしたら、いいんだろう……」
どうしたら、この苦しみから解放されるの。
いつまで続くの、こんなこと……。
「っ……」
グッと胸の辺りを握りしめて、込み上げてくる不快感に、目を閉じて堪えようとした瞬間。
「橘?」
静まり返った水面に落ちた水滴のように。
凛と涼しげなクールな声。
「甘利、くん……」