もう、キスだけじゃ足んない。
ふっと顔をあげた先。
滲む視界の先で見えたのは、変わらずクールな表情で私を見つめる甘利くんがいた。
「久しぶり」
「う、うん、久しぶり……っ」
グッと目元を拭って、なんともないように、笑いかける。
私が泣いていたことには気づいてるのに、何も言ってこない。
一見冷たそうに見えて、本当は優しいところ。
また、助けられてしまった。
「なんか、話すの久しぶりだな」
「そうだね……」
文化祭のことがあって、甘利くんとは少し距離が空いていた。
甘利くんが所属するcrownも近々ライブをするらしく、その準備で追われてるって、前にクラスの子たちが話しているのも聞いたし。
「あのときも、ここだったよな」
「え?」
「俺が橘に告白した場所」
「あ……そ、そうだったね」
言われて初めて気づいた。
本当そんなことを考える余裕もないくらい、頭も心もいっぱいいっぱいになってしまっている。
「心の声、まだ聞こえてんの?」
「え?」
「ほら、前に遥のだけ聞こえるって言ってたから」
「ああ、それ……」
まさか、心の声が聞こえなくなった代わりに、逆に遥が私の心の声だけが聞こえるようになるなんて、あの頃は思いもしなかったな……。
「へえ、逆転したんだ?」
「えっ、なんで知って……あ、」
「忘れてた?」
そうだった!
甘利くん、特定の人だけじゃなくて、いろんな人の心の声が聞こえるんだった!
「あ、えっと、」
「ふはは!相変わらずだね、橘は」
「笑わないで……」
慌てて距離を取る私に、目元をゆるりと細めて、おかしいと笑うだけ。
「シャツはだけ祭り?だっけ?
持ってた雑誌、俺に見られたときの橘の唖然とした顔、今でも忘れらんねーもん」
「それは忘れよう!?
ていうか、シャツはだけ祭りって言ったの、私じゃなくて友達が……」
ううっ、はずかしい……。
あの雑誌、ちゃんと家に置いてあるけど、甘利くんとのこと思い出したら恥ずかしくて、今まで一度も開けてない。
というか、遥に本人が目の前にいるんだから!って封印されちゃったし……。
「やっぱり。橘は、笑ってる顔が一番似合うよ」
「え……?」
一瞬視線を右に左にさ迷わせた甘利くんだったけど、まっすぐ私を見つめて、ふわっと羽が落ちたみたいに、目を細めて笑った。
「橘にはもう近づかないって、遥と約束したけど」
「俺は、橘の味方だよ、ずっと」
「っ……」
「橘は俺にとってのヒーローだから」
「甘利くん……」
「好き勝手騒いでるやつのことなんか、放っておけばいい。気にすることなんかない。橘と遥以上にお似合いなふたりがいないことは、この俺が保証する」
「っ……甘利く、」
優しい声、優しい言葉。
胸がぎゅうっと締めつけられる。
「あーもう、泣かないで。
橘泣かせたなんて知られたら、俺絶対遥に殺される」
「殺され……え?」
ほんのり頬を赤く染めて、髪をぐしゃぐしゃする甘利くんに、息しづらかった呼吸が、次第に整っていく。
保育園のときも、今も。
またその優しさに、救われた。
「ありがとう……」
「ん」