もう、キスだけじゃ足んない。
それから涙を拭っていたら、ふと甘利くんがつぶやいた。
「そういえばさ、チラッと小耳に挟んだんだけど」
「うん?」
「遥たちの噂、知ってる?」
「噂……あ、」
甘利くんが言わんとしていること……もしかして、私たちが世間から厳しい目で見られてること?
珍しく、歯切れの悪い言い方。
「あ、いや……ちがう、けど」
「え?」
ブーッブーッー……。
「あっ、ちょっとごめん」
「うん」
何かを言いかけた甘利くんだったけど、急なスマホの音に口を閉じてしまった。
誰だろう、電話……?
しかもあーちゃんから?
あーちゃんが私に電話をかけてくることはほとんどない。
私を気遣ってか、日直の仕事が終わるまで、教室で待っててくれてたあーちゃん。
あとは日誌を出すだけだからと、先に帰ってもらったはずだけど……。
なんとなく嫌な予感が頭をよぎって、震えそうになる指で画面をタップする。
「……もしもし?」
「あっ、胡桃!良かった!
今まだ学校にいる!?」
「うん、いるけど……どうかしたの?」
慌てたようなあーちゃんの声。
何……この声。
電話の向こうから聞こえるザワザワとした声……女の子たちが何やらしきりに叫んでいる。
「学校の前に、bondのファンだって人が来てる!
胡桃いますかって」
「っ!!」
瞬間。
頭から氷水をかけられたみたいに動けなくなる。
うそ、どうして……なんで、学校まで。
「胡桃!?聞こえる!?返事して!胡桃!」
「っ、」
ガタガタ体の震えがとまらない。
収まったはずの不快感がぐわっと込み上げてくる。
できない。
はっ、はっと息が上がって、うまく呼吸ができない。
ドッと全身の血液が逆流する感覚。
「胡桃!?胡桃っ!!」
返事しなきゃ。あーちゃんが呼んでる。
頭では分かっているのに、唇が震えて、声が出せなくて。
「っ……ぅ、」
ぎゅっと目を閉じた瞬間だった。