もう、キスだけじゃ足んない。
「ごめん、橘。
ちょっと借りるな」
「甘利く……」
「天草。おまえ今どこにいる?」
スっと横から伸びてきた手が、私のスマホを取った。
「え……この声甘利くん!?
なんで胡桃といっしょに……」
「説明はあと。で、今どこ?」
「正門だよ。遥くんのファンだって子が何人も」
「了解。裏門は?」
「一応行ってみたけど、今のところは誰も。けどいつ裏門に来るかは時間の問題だと思う」
「そうだな……ん?あれ、橘」
「えっ、あ……なに?」
「体調、平気か?」
「うん、大丈夫……」
「無理だけはすんなよ」
「うん……ありがとう」
「ん。じゃあ、はい、スマホ。
また電話きた」
「えっ、だれ……桃華?」
画面を見れば桃華から着信の文字。
「ごめん、あーちゃん。一旦切っても大丈夫?またすぐにかけ直すから」
「了解!甘利くん、ちょっと提案があるんだけど、あたしそっちまで戻っていい?」
「俺も言おうと思ってた。今自販機のとこにいる」
「了解!」
電話を切って、切れてしまった桃華の方へもう一度かけ直す。
「あ、もしもし、胡桃!?」
「うん、どうかし……」
「家の前にbondのファンがいるんだけど!」
「え……?」
「さっき仕事終わって家に帰ろうと思ったら、何人かの女の子がマンションの前ウロウロしてて、マネージャーが聞きに行ったら、bondのファンだって言ってるって」
「うそ……」
どうして家まで……ぐらりと視界が歪む。
一体何が起きてるの。
目の前で起きていることが本当なのかが信じられなくて、頭がぐるぐるして気持ち悪い。
「なんで家の住所まで知ってるのかは分かんないけど、とにかく家に戻るのは危険って話になって、とりあえずふたりのライブが終わるまではホテルに留まろう」
「ホテル……」
「そう!なんとか胡桃の荷物は取ってこれたから!ホテルはうちのマネージャーが予約取ってくれて、今から学校まで迎えに行く!」
「あ、でも……校門には人が……」
「それは大丈夫!」
「あーちゃん……っと、どうして早生先輩が!?」
声がしたほう、にっこり笑ったあーちゃんの隣で。
「久しぶりだね、胡桃ちゃん」
「え、日向さん……?」
苦笑いで私を見つめる早生先輩がいた。