もう、キスだけじゃ足んない。
「っ!!」
その子以上に声を上げたあーちゃんは、これまでの怒りをすべてぶつけるように、氷点下のまなざしで睨みつけた。
「いい?あんたみたいな人を傷つけるような人間に、誰が振り向くと思う?誰が好きになると思う?」
「人のことをとやかく言う前に、まずは自分の心を見直したらどうなの?遥くんが大切にしている女の子をめちゃくちゃに傷つけて、こんな学校にまで押しかけるようなことして。いっぺん人間やり直しなさいよ!」
「っ!!」
ものすごい剣幕ではやし立てるあーちゃんに、その子はグッと唇を噛みしめて崩れ落ちる。
「あーちゃん!」
「胡桃っ!!」
後ろで桃華の引き止める声が聞こえたけれど、もう我慢できなかった。
私たちのために、ここまでしてくれるみんなのために。
怒り、苦しみ、悲しみ。
ずっと耐えて、泣くことしかできなかった私も、何か一つでも言い返したかった。
ファンでありながら、遥たちを傷つけるようなことを言う人たちに。
桃華を、大切な姉をここまで追いつめた人たちへの私からの報復。
「なによ……なによ!ちょっと可愛いからって、遥くんと付き合えてるからって!なんなのよ!今すぐ別れなさいよ!」
目の前に立った私を、その子は泣きながら睨みつけてくる。
でも、私は。
「確かに私はどこにでもいる一般人です。あなたみたいに可愛くも、なんの取り柄もありません」
「だったら……」
「ですが」
「他人を傷つけてまで人の彼氏を奪おうとするあなたに。ファンでありながら、落ちたなどと悪く言うあなたに。遥が振り向いてくれると、本当にお思いですか?舐めないでください」
「っ、」
「そんなの全てあなたの自己満じゃないですか。結局自分のことばかりで、言われた側のことは一切考えてくれない。あなたのしていることが、私たちをどれだけ苦しめていると思っているんですかっ!?いいかげんにしてください!」
「うるさい、うるさい、うるさい!今すぐ別れないとあんたに何するか分かんないから!」
「やれるもんならどうぞご自由に。私は何があっても遥と別れる気はありませんから」
「っ!!」
「胡桃!!行こう!」
桃華の声に踵を返した私は、急いで車に乗る。
視界の端で、泣きながら走っていく女の子が見えたけれど、泣きたいのは私のほうだ。
あんたがいなければ。
別れてよ!今すぐ!
あんな、きつい言葉をぶつけられて……。
「胡桃……」
ぎゅっと唇を噛みしめて、長い髪で顔を覆い隠すようにうつむいて、震える手を強く握りしめた。
ズキンズキンズキン。
全身を地面に叩きつけられたみたいな衝撃、痛み。
ファンの人が私に望んでいるのは、遥と別れてくれること。
あんたなんか、いらない。
私が、遥のそばからいなくなること。
「ホテルまではすぐだから」
桃華のマネージャーさんの声が聞こえたけれど、私の頭の中ではさっきの言葉が、頭にこびりついたまま離れなかった。