もう、キスだけじゃ足んない。
前にお酒を飲んで酔っ払ってしまったあのとき。
起きた私は、なぜか遥のワイシャツを着ていて。
『服脱ごうとしたから、慌てて着せたんだよ』
『脱!?うっ……本当、ごめん』
『ふふ、いいよべつに。面白かったし』
『え、面白かったの?』
『うん。けどさ、本当にあの時の記憶、一切ないの?』
『うん、全く……』
『そっか……あのときの胡桃、めちゃくちゃエロくて本当どうしようかと思って』
『えっ!?』
『俺のこと押し倒してくるし、キスマークつけられるし、めちゃくちゃ最高だったよ』
『えっ……ええっ!?
忘れて!今すぐ忘れて!』
『やだ。絶対忘れない。
胡桃、まーじでかわいかったよ』
『っ〜〜!!』
なんて話を電話でしたんだっけ。
にしても、桃華、いつの間に……。
「……」
きょろきょろ。
自分しか部屋にはいないって分かってるけど、一応周りを確認して。
ぎゅうっ。
そっと抱きしめた。
はぁ……落ちつく……。
香るやわらかいオレンジブロッサムの香りに、暴れていた心臓が、瞬く間に落ちついていくのが分かる。
『あんたなんか!あんたさえいなければ!』
『別れてよ!今すぐ別れなきゃあんたに何するかわかんないんだから!』
ドッドッドッ。
怖かった。
本当に怖かった。
あのとき、あの瞬間、強く言い返しはしたけれど。
今になって考えてみれば、反論すればもっとひどいことを言われたかもしれない、もしかしたら本当に何かされたかもしれないって、怖くなった。
あれから心配したあーちゃんが電話をかけてきてくれて、無事ホテルに着いたことは伝えたけれど。
恐怖で声が、全身の震えがとまらなかった。
学校、ましてやマンションまで。
最初はボソボソと始まったものが、もっともっと過激なモノへとエスカレートしてる。
こわ、い……。
これからどうなるのか。
無事ライブが終わっても、ファンの人たちの怒りが収まることはきっとない。
家にだって、すぐに帰れるとは思えない。
「っ……ぅ、」
はる、か……っ。
会いたい。声が聞きたい。
苦しい。つらい。
そばにいて。行かないで。
助けて……っ。
ぎゅっとそのシャツを握りしめて、恐怖と先行きの見えない不安に今にも押しつぶされそうになりながら、一人ベッドの上でいつまでも震えていた。