もう、キスだけじゃ足んない。


「いよいよ明日だね、ライブ……」

「うん……」


翌日の夜。

お仕事から帰ってきた桃華と一緒にご飯を食べて、ふたりでゆっくりお茶を飲んでいた。


「桃華は明日、部屋で見るの?」

「ううん、オフだったんだけど、取材の仕事が入っちゃって。途中からは見れそうだけど、現場で見ることになるかな」

「そっか……」


「あ、そうだ!
あれ、気づいてくれたんだ?」

「あれって……?ああっ!」


ニヤリと笑って、イスにかけてあるそれを指さした桃華に、カッと顔が熱くなる。


「いやー、一緒に寝てたのは知ってたけど、なんで胡桃の部屋に遥のワイシャツ?って思って。前に酔っ払っちゃったとき、遥、胡桃に着せてたって言ってたから、それか!って思って」

「それで、カバンに?」

「そう!少しは寂しさ、まぎれるかなーと思って!」

「ま、まあ……」

「でもあたしが持ってきたときよりもシワついちゃってるから、毎晩抱きしめて寝てたり?」

「し、してないよ!」

「まあ、あたしはしてるけど」

「そうなの!?」

「うん。杏があたしに着せてくれたやつ、あたしもホテルに持ってきてるんだ〜。匂い残ってるから、着たりしたら、抱きしめられてる感覚になるよね!」

「そ、そうなんだ?」

「うん!やってみるといいよ!」


遥に着せてもらったあの夜から、着ることは一切なかった。

明日ライブが終わったら、遥も杏も、一応家に戻ってくることになってる。

私たちがホテルにいることは伝えてあるけれど、心配しないでって、一言メールは送った。

最終準備で忙しいんだと思う。

返信は、来ていない。


「じゃあ、あたし、そろそろ寝るね!
おやすみ!」

「うん、おやすみ」
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