もう、キスだけじゃ足んない。
***


ふわふわ。

雲の上にいるみたいな感覚に、身も心もとろとろ溶けていく。

ずっと待ち焦がれていた。
ほしくてたまらなかった、優しいぬくもり。


大きくて、少し骨ばってて。

けれどふれてくるその手は、いつも安心させてくれる。

あ……この香り。

シャツだけじゃ、こんなに強く香ることはない。

ツンとしたレモンの中にある、やわらかくて甘いオレンジブロッサムの香り。


「んぅ……はる、か……?」

「胡桃……」

薄暗い部屋の中なのに、いつもと変わらず優しい目で私を見つめていて、頭をなでてくれているのが不思議と分かった。


今、何時……?

どうして、ここに……?


「朝の5時だよ。早くに、起こしてごめん」

「ううん……おかえり、」

「ん、ただいま」


大好きなその手にまた思考が落ちそうになるけれど、もう一度目を開けて、遥を見上げる。


「ずっと連絡できなくてごめん。昨日の夜、電話かけたけど出なかったし、ホテルに行ったって聞いて、いても立ってもいられなくて。ホテルの場所と部屋番号聞いてたから、会いに来た」


「そんな……寝てなきゃ……今日、本番なのに」


「大丈夫。俺、ライブの日はいつもほとんど寝ないから。けどあと3時間後には戻んなきゃいけない……でもどうしても、顔が見たくて、声が聞きたくて」


眠気で意識が朦朧とする中で、遥が囁く。

会いたかった。ずっと会いたかった遥が目の前にいて、私にふれてくれてる。

これは、夢……?


「夢じゃない。夢なんかじゃない」

「はる、か……」


「この1ヶ月、そばにいられなくてごめん。不安にさせて、いっぱいいっぱい泣かせてごめん……でも、ずっと、ずっと、会いたかった……っ」

「はる、か……っ」


泣きそうなくらい、低くて掠れた声が、頭に、耳に流れ込んでくる。

たった3時間しかないのに、休まなくちゃいけないのに。

わざわざ時間を縫ってまで、ここまで会いに来てくれた。

「私も、ずっと、ずっと会いたかった……っ」

瞬間、体がマットレスから持ち上がるほど強く抱きすくめられる。


夢じゃない。

遥に抱きしめられてる。

ずっと求めていたぬくもりが、紛れもなく、夢じゃないんだって、実感させてくれる。


「胡桃……この、シャツ」

「うん……えっ、」

「俺の着て……寝てたの?」

「っ!!」


そうだった。すっかり忘れてた……。

遥に会えないからって、こんな……っ。


「ご、ごめん……気持ち悪いよね、こんなことして、今すぐ脱ぐから……」

「いいよ、脱がなくて」

「え……?」

「俺が脱がせるから」

「それって……」

「胡桃」

「んんっ……ぅ、」
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