もう、キスだけじゃ足んない。
「夜がふたりを包んで……」
それから始まった、bondのライブ。
一日限り、初めての単独ドームライブ。
5万人を超えるお客さんの前で、ふたりが並んで歌い始める。
今まで歌ってきたバラードがほとんどな中で。
視界はもう君だけ
どうして 焦らさないで
交わる吐息 絡まる衝動
求めてほしい 声に出して
前に文化祭で披露していた『Crazy you』の色気MAXなダンスナンバーに、会場中が黄色い悲鳴で包まれる。
「今日は来てくれて本当にありがとう」
「楽しんでいきましょう!」
ふたりの声に、ワッと歓声が湧く。
行きたかったな……初めてのドームでのライブ。
今までbondのライブというライブは一つも行ったことなくて、ただテレビの前で応援するしかできなくて。
付き合って、初めてのbondのライブ。
時々、お客さんが持つペンライトが光って、会場中が淡い光で包まれる。
綺麗……遥たちの声、特等席で聞きたかったな……。
かっこいい……衣装も、歌も、すべて。
やっぱり遥は歌っているときが一番輝いていて、かっこよく見える。
甘さと色気を含んだ低めの遥の声。
優しくて、聞いていて心地いい杏の声。
このふたりだからこそ、生まれる曲。
bondの歌……ぜんぶ、大好き。
もっと私に強さや勇気があれば堂々と行けたのかもしれないけれど。
嫌われている私なんかが来ているのを知られたら、ファンの人も嫌だろうから。
遥ー!杏くーん!
何度も何度も、女の子たちから名前を呼ばれるたびに、胸がジクジクと痛む。
彼らの見えていないところで、桃華や私にはあんな言葉を投げつけておきながら、応援なんて。
ファンでありながら、ひどい言葉を裏で言っておいて。
でも。見ていて、と言われたから。
彼女として、ファンとして。
目は絶対に逸らしたくないから。
それから順調にライブは進んで、前曲のピアノの伴奏が流れたまま、遥が告げる。
「次が本当に、最後の曲です」
ん?
“ 本当に ”
その言い方が変に胸に引っかかった。
アンコールがあったわけでもないのに、本当にって……私の聞き間違いかな。
えー!?もう!?
やだー!まだ終わらないで!
そんな言葉があちこちで飛び交うけれど、すぐに曲の伴奏がはじまる。