もう、キスだけじゃ足んない。


曲が終わっても、なお鳴り止まないたくさんの拍手。


「あ、れ……」


ハッと気づいたその瞬間。

なん、で……。

私の目からは、いつの間にか大粒の涙が何度も何度もこぼれ落ちていた。


まるで、私たちが出会ってからの日々を書いたような歌詞だった。


桃華と杏。

遥と私。

それぞれの過去から今を描いているようで。


「……」

「……」


画面の向こうで、いつまでもふたりが深く深く、お辞儀をしている。


ドクンドクンドクン。


僕は 君がいてくれるだけでいい

すべてを捨てて 差し出して

世界を敵に回しても

君しかいらない

一生君と 一緒にいたい


この歌詞が意味するもの。


「本当に、最後。

俺たちに任せて」


遥が言ったその言葉。

この、答えは───。


未だ会場中が涙の渦で包まれる中、マイクを通して、しっとりとしたふたりの声が響く。


「最後まで聞いていただき、本当にありがとうございました」


いやー!まだ終わらないでー!

そんな声があちこちで上がる中で。


「え……?」

「どうしたの……?」


流れていた曲がピタリと止んで、ステージがパッと明るくなる。

「ファンの皆さんに、そして生配信を見ている皆さんに、僕たちから大事なお話があります」


大事な話!?

その声に瞬く間に会場がザワつく。


ドッドッドッ。

比例するように、唇が、全身が震えて、鼓動がとんでもない速さで波打つ。


「僕たち、弓削杏と弓削遥は、本日のライブをもって……」


誰かがゴクッと息をのんだ音がした。




───bondを解散し、芸能界を引退します


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