もう、キスだけじゃ足んない。
【桃華side】
「隣行ってくる」
それからすぐ。
ぽろぽろ涙をこぼす胡桃をそっと促し、遥たちは出ていった。
バタン。
そして、そのドアが閉まった瞬間。
「桃華……」
「……」
「顔見せて、桃華」
抱きついたままグズグズ鼻を鳴らしていたら、落ちてきたのはとんでもないくらい優しい声。
「……」
「そんなに擦ったら赤くなっちゃうよ」
けれど。
こんな泣いてひどい顔、杏には見られたくない。
涙もとまらないし。
そう思って、俯いたまま、何度も目を拭っていたら、私の顔を暴くように、そっとその手をとられた。
「桃華」
「っ……」
「好きだよ、桃華……」
指先に、甲に、キスが落ちてきて。
「っ、杏……」
「うん?」
そっとまぶたの下から頬へとすべらせた手で、顎を持ち上げられて。
「やっと、見てくれた……」
「っ!!」
目が合った瞬間。
パッと世界が色づくみたいに。
「杏……っ」
滲む視界の先で、杏はくしゃりと泣きそうなくらい優しく微笑んだ。