もう、キスだけじゃ足んない。


ゆっくり上がった胡桃の表情。


『遥……』


下がった眉、潤んだ瞳。

俺の背中に顔を押しつけていたせいか、赤くなった頬。

心揺さぶられるほど、震えた心の声。


っ……こんなときになに考えてんだよ。


ゴクッと喉の奥が鳴ったけれど、必死に我慢して優しく声をかける。


「おいで。正面からぎゅーしたい」

「遥……っ」


ゆっくり両手を広げれば、すぐに腕の中に飛び込んでくる愛おしいぬくもり。


「泣いちゃうくらい、喜んでくれたんだ?」

「っ……ばか、」

『そう、だよ……』


「胡桃……っ」

「っ、ん、」


ぎゅっと抱きしめた腕の中、まぶたに、頬に、こめかみに、何度も何度も唇を落とす。


「胡桃、好きだよ」

「っ、はる、か……」


くすぐったいのかまぶたを震わせて、なおも俺の背中に腕を回す胡桃が愛おしくてたまらない。


「伊予くん……」

「ん?」

「伊予くんに会ったのも、サプライズ……?」


「ふっ、」

「え……?」

「ん、なんでもないよ」


ぐすっと鼻を鳴らす彼女の頭をゆっくりなでていたら、唐突に出てきた名前に噴き出しそうになる。


「アイツはたまたまだよ。偶然。
正直言うと、会わせたくなかったし」

「どうして……?」


「だって、胡桃めちゃくちゃ楽しそうに笑ってたじゃん。あんな笑顔、俺だってなかなか見れないのに、伊予には簡単に見せて」

「うっ……」


「それに帰り、キスまでされてたし」


泣いたばかりの彼女にいじわるなんて。

こんなときくらい抑えろよって思うけど、こんなときだからだよ。


俺のことで、俺のために泣いてくれたって思ったら、直後に出てきた名前は俺じゃなくて他の男なんて。

胡桃が口にする名前は、ぜんぶ俺だったらいいのに。

ほんと、伊予の言った通り。

独占欲塊男だな、俺……。
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