英雄騎士様は呪われています。そして、記憶喪失中らしいです。溺愛の理由?記憶がないから誰にもわかりません。

助けはいりません

今夜の晩餐は三人でいただいている。
ノクサス様から贈られたドレスに身を包み、それを見てノクサス様は満足気に見ている。
その様子を向かいに座るランドン公爵令嬢様がギラリと睨みつける。

「ダリアは黄色のドレスも似合う。次は何を贈ろうか?」
「ありがとうございます。でも、もういりませんよ」

本当にもういらない。
ドレスに帽子に靴にと、もらいすぎだった。
それに目の前が怖い。

「ノクサス。その娘をどうするつもりなのです」
「どうすると言われても……結婚しますよ」
「私はどうするのです! 陛下から勧められているはずですよ」

険悪な2人に割って入っていいものかと思う。
でも、ノクサス様と結婚の約束なんてしたことない。
妄想を垂れ流さないで欲しい。

「陛下には再度お断りいたします。明日には陛下に取り次ぎをしていますので……今夜はお泊まりいただいもかまいませんが、明日にはお引き取りください」
「帰りませんわ。その女はここにいるのでしょう? 私もノクサスの世話をしますわ」
「おかしなことを言わないでください。あなたは魔法が使えないでしょう?」

どうやら、私がドレスに着替えている間に夜のお世話の誤解は解けているようだが、今度はランドン公爵令嬢様がノクサス様のお世話をしたいとは……。

「魔法のことなら心配はいりません。私が何の考えも無しに言うわけがないでしょう」
「どうするつもりか知りませんが、世話はダリア以外にしてもらうつもりはありません」

ノクサス様は、きっぱりと断った。
鋭く睨みつける顔は以外と迫力がある。
そして、この迫力のある顔にも見覚えはない。

そんな会話のやり取りが進む中でも食事は次々と順番で来る。
そして、デザートになる頃には、ノクサス様はランドン公爵令嬢様に呆れ気味だった。
私は今夜のデザートに出されたラズベリーメレンゲというものにくぎ付けだった。
この邸に来てから、毎日美味しいものが出る。
それに一人じゃない夕食に父が亡くなった寂しさは薄れていた。

私をずっと守ってくれていた父はもういない。
亡くなってから不安がなかったわけではない。
ただ静かに暮らすことだけを考えていたけれど、少し変わり始めている気はする。
でも、目立つのは困る。

気がつけば、デザートも終わり晩餐の時間は終わりだった。
私たちはこのまま、ノクサス様のお部屋へと移動した。
ランドン公爵令嬢様は、ノクサス様に止められて今夜は用意された部屋で休むことになった。

部屋でノクサス様の顔を拭いていると、何故か今夜は神妙な様子で私をみている。

「ダリア。話がある。大事な話だ」
「はい。でも、結婚のお話はおやめくださいね」
「結婚の話をやめるつもりはない……が、その話ではない」
「なんでしょうか……?」

ノクサス様は言いにくそうだった。
なんと切り出せばいいのか悩むのか、少し間をおいて話し出した。

「……ダリアの経歴を見つけた。従軍していた記録をフェルが見つけたんだ」
「私を調べたのですか!?」

従軍の記録は魔法をかけて、見ても気にならないような幻惑の魔法を応用して隠していたはずなのに!?
その記録も確認する者が来ないか、お父様が定期的に確認していた。
お父様は、戦争時に書記官として従軍していたから、戦争から帰っても定期的にその仕事にも携わっていた。
仕事が欲しいと頼み従軍の書類の整理もしていたのだ。
伯爵でありながら、没落貴族の我が家には高官の仕事はなかった。
でも、伯爵である父を戦争の現場には出せずに、書記官という仕事が回ってきたのだ。
書庫の仕事をしていたせいかもしれない。
それが、私たちには好都合だった。
でも……

「どうして私を探るのですか!?」
「ダリア……? ……経歴を隠したのは君か? 心当たりがあるのだな? あの経歴にはかなり巧妙な魔法を使われていたと聞いた。とても能力の低い魔法使いの仕業とは思えない。君は、本当はもっと能力が高いのではないのか?」

その言葉に、胸がぞわっとした。
血の気が引いていくのがわかったのだ。


一年前のことがバレるのは怖い。
そう思うと、顔が上げられずに両手で覆ってしまっていた。

「ダリア? どうした? 何をそんなに隠すことがあるんだ?」
「私だって知られたくないことがあります……」

ノクサス様は、私の様子に焦るように話かけてくる。
心配しているのがわかる。

「ダリアのことが知りたいと思うのはダメか? それとも隠さなくてはならないほど困っているなら、必ず君を救う」
「助けなんていりません……」
「しかし……ダリアを一生守りたいのだ」

私に向かって跪くノクサス様は、優しかった。
私を本当に助けてくれるのかもしれない。
でももう遅い。過去は決して戻らないのだ。

「ノクサス様は、ランドン公爵令嬢様との結婚するのがよろしいかと……私は、もう下がります」

差し出してきた手を取ることは出来なかった。
助けを求めるつもりはない。
そのまま、顔を隠したまま振り返らずに、ノクサス様の部屋を出た。

もうここにはいられないだろう。
フェルさんが、見つけたという事は経歴を隠していた魔法を解除したのかもしれない。
そうなれば、彼らに見つかってしまうかもしれない。
私を探すかどうかもわからないけれど……このままにはしておけない。

あの経歴を隠したのは、私の白魔法の師匠だ。
師匠の本当の年はわからないけれど、高名な魔法使いだ。
昔は叡智の魔法使いと言われていたこともあるらしいが、それは私が生まれるずっと前だ。
でも、あの魔法の能力を見ると、本当だと思うほど、なんでも難なくこなす方だった。
私を弟子にしてくれたのも、うろついている時に雨に降られて、たまたま私の屋敷で休ませたことがあったからだ。
弟子をとったのは、ほんの暇つぶしの戯れだったのだろう。
そのうえ師匠は守銭奴だ。
以前頼んだ時もかなりのお金を支払った。
お父様は私を守るためだと、お金はないのに惜しみなく出していた。
そして、私たち三人は騎士団に忍び込み、記録庫であの魔法をかけたのだ。

もう私にお金はないけれど、借金は変わらないのだから、もう一度マレット伯爵に頼まなくては……また借金が遅れそうだと。

それに、師匠ならノクサス様の呪いも解けるかもしれない。
確信はないが、どうせ行くなら頼んでみよう。
また、お金を追加で取られそうだが、ノクサス様は私によくして下さった。
私の白魔法の能力がこんな状態だから、このままなら頼むべきかも……とどうせ思っていたことだ。

そして、明日の朝にノクサス様のお世話をしてから、この邸を出る決意を固める。
朝お世話をしてからなら、そのあとは以前のように、騎士団の白魔法使いが手当てをするだろう。
今から私が出て行けば、連絡が遅くなり、朝すぐに来るのは無理かもしれない。
そうなれば、ノクサス様が困るかもしれないし、こんなによくしてくれたのだから、最後ぐらいはきちんとしたいと思う。

そして、不安のまま私はノクサス様からいただいたナイトドレスに着替えて眠りについた。





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