英雄騎士様は呪われています。そして、記憶喪失中らしいです。溺愛の理由?記憶がないから誰にもわかりません。

昼食に誘います

指輪をいただいてから、ずっと首にぶら下げている。
首に下げているから、服の下に隠れ仕事中も邪魔にならなかった。

一通り仕事が終わると、昼前には仕事が終わる予定だ。
今日はノクサス様にお昼ご飯を届けることにしている。
経歴を誰にも見られないようにしてくださったし、いつも良くしてくださる。
そ、それに指輪ももらったし……。
せめて、なにか出来る事をもっとしてあげたいと思う。
ノクサス様は、また一緒に昼食を……と言っていたから、たまには探される前に、私から昼食を持っていく事にした。
私の手料理が食べたいと言っていたし、昼食ぐらいなら大丈夫だろう。

それに、ミストが「あの男は、本当に経歴の書類を執務室に隠しているのですか?」と疑うから、ミストと確認するためにバスケットを持ち、騎士団に向かった。
でも、私にはノクサス様が噓をつくとは思えない。

「あの穢れた男と結婚するつもりですか?」
「……結婚は、無理よ。ノクサス様に相応しくないもの。あの人は国の英雄騎士様よ。生まれもリヴァディオ伯爵家で、私みたいに困窮しているような伯爵家じゃないのよ。資産も実力もご立派な伯爵家だと、アーベルさんが言っていたわ。だから、ランドン公爵令嬢様は、ノクサス様を以前から知っていて、結婚したがっているのよ」
「ランドン公爵令嬢? 他に女がいるのですか?」
「……ノクサス様は断っていたけど、私よりも相応しいご令嬢よ」

私よりもずっと相応しい。顔があんなことになっているのに、変わらず好きだという事は、見かけだけじゃないと思うけど……。

「あの男を助けたいですか?」
「助けたいけど、もう私には無理よ。師匠もいないし……もしかして、解除の方法が師匠の家に残っているかしら?」
「苦痛を伴ってでも、解除したいのですか?」
「……ノクサス様のためなら、してもいいかもね」

ミストは、「フンッ」と言いながらも悩んでいた。

騎士団に着き、ノクサス様への取り次ぎをお願いすると、驚いた顔をされた。
そして、怪しまれた。

「リヴァディオ団長のただのファンじゃないのか?」
「本当に知り合いか?」

どうやら、以前からノクサス様は人気だったらしい。
ここ最近は、呪われてしまい顔を仮面で隠しているから、ノクサス様を見に来る女性が減ったらしいけれど。
以前は戦争から帰ったあとの公開訓練場では、ノクサス様目当ての女性がわんさか来ていたらしい。
平民から、バッチリ身だしなみを整えた貴族のご令嬢まで……。

やっぱり、元々のノクサス様は、整った容姿なのだろう。
でも、私には今のノクサス様しか知らない。みんなが知っていることぐらい私も知っておきたかったなぁ、とちょっとだけ思うと淋しい。

「……というわけで、従騎士の方に確認を取るから、公開訓練場に行ってなさい」
「わかりました……」

受付の方にそう言われて、もう会わせてくれないんだろうなぁと思う。
どう見たって、『ただのファンなら公開訓練場で見てろ』って感じの雰囲気だ。
従騎士の方に本当に取り次いでくれるなら、フェルさんが迎えに来てくれるはずだが、信じてないようだから来ない気がする。
結婚していたら、「妻です」と言えたが、まだ婚約届けも出してない。

前もって言えば、ノクサス様が落ち着かなくなるから、言わなかったけどフェルさんには伝えておくべきだった。失敗した。

「……ミスト。忍び込んで、ノクサス様に伝えて来てくれない?」
「なんで僕が? あの男は穢れているから、行きたくありません」
「冷たいわね」

仕方なく、公開訓練場に行くとまばらだが、見学者はいる。
訓練場には、ノクサス様が、剣で手合いをしているのか、真剣に剣を騎士たちと交えていた。
いつもの表情と違い迫力がある。

ミストが喋る猫だとバレないように、見学者のいない隅っこに移動して見ていた。
見学席と訓練場の間には1メートルほどの壁があり、見学席のほうが訓練場よりも高いから、騎士たちがよく見える。
ノクサス様目当てじゃなくても、騎士目当ての令嬢もいるみたいで、黄色い声も聞こえる。
騎士様相手なら、安定しているものね……。
手柄を立てれば報奨金もあるし、もっと出世すれば、爵位のない方は爵位を賜るかもしれないし……。
たとえ準爵位でも、爵位をいただければ名誉なことだ。
ノクサス様は元々爵位を継ぐことが決まっているから、興味はないのだろうけど。

「もし、あの男と結婚するなら、ダリア様を守ってくれるかもしれませんよ」
「知られたくないことだってあるわ……それに、そんなこと頼めないわ」

ノクサス様に甘えるようなことはしたくない。ただでさえ自分の呪いにそのうえ記憶喪失で大変なのに……。
そもそも、違う『ダリア』なら、きっと私のことなんかすぐに忘れる。

「せめてあの記憶はどうにかならないかしらね……」
「階段から落ちたなら、もう一度落としてやればいいのでは?」
「……やったらしいわよ。でも、落ちた時みたいにならなかったらしいし、頭を打っても記憶は戻らなかったらしいわよ。落ちると分かっていれば受け身でもとるのかしらね……」

その時、ノクサス様が剣を振り、向かってくる騎士を払ったところで叫ばれた。
視線は私を真っ直ぐに見ている。

「ダリア!!」

思わず、逃げたくなった。いや、もう逃げるしかないのでは?
周りに視線が一斉に私に集まっているのだから……。

「ミスト! 行くわよ!」

すかさず立ち上がり、ミストと逃げようとした。
しかし、ノクサス様は大声で「ダリア!!」と叫んでいる。
恥はないのか!? と、脱兎の一択だった。

周りは私を見て「なんだ? なんだ?」とざわついている。

「ダリア!? 何故逃げる!?」

恥ずかしいからです!!

そう思うが声は出せない。
ノクサス様は、見学席に近づきそう言っている。

「ダリア様……もう逃げるのは無理かと……あの男は今にも乗り越えて来そうですよ」

ミストは、足元から冷静に言った。すでに呆れ顔だ。
ちらりと後ろを向くと、本当に乗り越えて来そうなほどノクサス様は必死の形相だった。

「……ノクサス様。少し静かにしてもらえたら嬉しいのですが」
「聞こえてないのかと……それに、何故逃げるんだ?」

逃げるのを諦めて、ノクサス様に近付きそう言った。

この沢山の視線が痛い!!
周りが気にならないのでしょうかね!?

「どうしたんだ? 会いに来てくれたのか? 教えてくれればすぐに迎えに行ったのに……」
「受付の方がお伝えに行ったのですが……」
「連絡は来てないぞ?」

やっぱり、と思う。

「ここで待つように言われたので……従騎士の方にお伝えに行きましたので、フェルさんがお聞きになる頃だと思いますが……あの、お弁当を持って来ただけですので、お渡しすればすぐに帰りますね」
「俺に? ダリアが作ったのか?」

私とノクサス様の間には1メートルほどの高さの壁があるのにおかまい無しに笑顔で肩に手を回してきた。その仕草にドキリとする。

「俺に作ってくれたのではないのか?」
「……はい」

無言の私に確認するように、顔の近くで言ってくる。
恥ずかしながらも返事をすると、バスケットごと身体を持ち上げられて壁を越えてしまう。

「重くないですか?」
「重いわけがないだろう。以前はもっと力があったとフェルが言っていたしな。会いに来てくれて嬉しいぞ。すぐに食べさせてくれるか?」
「はい」

ゆっくりと大事なもののように降ろされると、ちょうどフェルさんがやって来た。
受付の方からの連絡はいっていたようで、慌てている。

「申し訳ございません、ダリア様! 受付の者はまだノクサス様の婚約を知らないので……ご迷惑をおかけしました!」
「正式な婚約届けはしていませんし、お仕事ですから仕方ないですよ」

受付の方は仕事に忠実なだけだ。誰でも、名乗れば通していいものではない。確認を取るのは当然のことで、受付の方に問題はない。

ちょっと遅いかな、とは思ったけれど、騎士団は広いし、ノクサス様の執務室は4階にあるし、仕方ない。訓練の様子を見られたのは良かったし。
意外と元気に身体を使っていることも分かったし……正直素敵だな、とは思った。

「なんだ、ダリアを通さなかったのか? 次からはすぐに通してくれ。ダリアなら執務室に来てもかまわん」

フェルさんは、「次からはそうします」と言った。その顔は微笑ましい。

「ダリア様。近いうちに必ずお休みを取りますからね」
「急ぐことはありませんので……」

婚約届けを一緒に提出したいらしく、ノクサス様は必死で休みをもぎ取ろうとしている。
フェルさんはその調整に動き回っているらしい。
隣のノクサス様はご機嫌で、私を気づかいバスケットを持ってくれた。

「お邪魔でしたら、すぐに帰ります。まだ、正式な婚約者ではありませんし……」
「こんなにたくさんあるのにか? 一緒に食べようと思って来たのではないのか?」
「そう思いましたけど、お忙しそうですので……」
「気にするな」

本当は目立ったから、もう帰りたくなっている。

一緒に執務室に向かって歩いているけれど、人と通り過ぎる度に驚いたように振り向かれているのが居たたまれない。

気にもしないノクサス様と執務室に着くと、「こちらに……」と勧められて、すぐに中央にあるソファーに座らせられる。
ここまで来ればもう逃げることは出来ない。
逃げることを諦めて、バスケット開けると中にたくさん詰めて来たサンドイッチにノクサス様は、ますます嬉しそうになった。

ノクサス様は好き嫌いがなく、なんでも食べるとアーベルさんが言っていたから、なんでも食べるなら、種類がたくさんあれば喜ぶかも……と思い、色々な具材で作った。
それが、こんなに喜んでくれるとは……。
悪い気はしないどころか、作って良かったと私まで嬉しくなっていた。




< 23 / 52 >

この作品をシェア

pagetop