英雄騎士様は呪われています。そして、記憶喪失中らしいです。溺愛の理由?記憶がないから誰にもわかりません。

お仕事をください

ノクサス様の乗って来た馬車で本当に騎士団本部に連れて行かれた。
その間もずっと機嫌良くこちらを見ている。

理由のわからない視線が痛い。
ノクサス様の記憶さえあれば、私にこだわる理由もわかったのに……。

騎士団本部の馬車乗り場に着くと、すかさずエスコートして降ろしてくれる。
そして降りると馬車乗り場にはもう一台の馬車が止まっており、そこにいたご令嬢がノクサス様を呼んだ。

「ノクサス。迎えに来ましたのよ」

ノクサス様を呼び捨てだった。
親しい仲なのだろうか?
すごく綺麗な方で、いかにも上位貴族のようなご令嬢だ。
美しい金髪碧眼に、癖のない手入れされている長い髪を結いあげている。
後ろには、お付きの使用人までいる。
その彼女に、先ほどとは打って変わってノクサス様の表情が曇る。

「まだ時間ではありませんよ……」
「少しぐらい早くても大丈夫でしょう?」
「困りますね。俺は、まだ用事がありますから」
「困ったわね……私を待たせるつもりなのかしら?」
「嫌なら、お帰りください。何度来られても、お話を変えることはしません」

冷たくノクサス様がそう言うと、ご令嬢は私をちらりと見る。
すごく嫌な雰囲気だ。
ご令嬢の視線にノクサス様もすぐに気付き、私を背中に隠す。

「彼女には近づかないでください。フェル、アリス嬢をどこかで待たせてくれ。嫌ならお帰りいただいてもかまわない」
「はい」

フェルさんは、すぐに「こちらに、どうぞ」と、ご令嬢を連れて行こうと声をかけた。
ご令嬢は、イラつきながら、フェルさんについて行っている。
その様子に、私は邪魔なのでは? と思ってしまう。

「ノクサス様。お邪魔でしたら、私は帰ります」
「ダリアが帰ることはない。側にいて欲しいのは、ダリアだけだ」

それが本当にわからない。
まっすぐに見つめられると、目を反らしてしまう。

「……先ほどの彼女は、アリス・ランドン公爵令嬢と言って陛下の姪だ」

無言の私に、ノクサス様は仕方ないというふうに話し出した。

「どうやら、俺と結婚をさせたいらしい。しかし、記憶喪失になる前から、俺はずっと断っていたと、フェルもアーベルも言っていた」
「婚約者ですか?」
「違う。だが、諦めんのだ」

英雄騎士様なら、陛下が姪を紹介するのもわかる。
良いご縁談だ。
このあとの用事も、彼女との約束だったのだろう。

「陛下には、もう一度断りを入れる。俺が結婚したいのはダリアだけだ」
「……私は、妾になる予定ですから……ノクサス様とは、釣り合いません」
「妾も止めて欲しい。俺が話をつける」
「借金を踏み倒すつもりもありません。マレット伯爵は、ルヴェル伯爵家の領地も正式に引き継いでいますから……もう後戻りは出来ないのです」

借金が追い付かなくて、担保にしていた領地はもうない。
ルヴェル伯爵家では、領民の暮らしを豊かにすることさえ出来なかった。
でも、あんな方でもマレット伯爵なら領地を守ることが出来るのだ。

「だが、このままにする気はない」
「気持ちだけでいいのです。それに、借金もノクサス様がお仕事をくださったから、以前よりもお返しできますから。きっと妾にあがることを延期してくださいます」
「だが……!」

グゥぅーー。

ノクサス様が止めようとしたところで、お腹が鳴った。

「す、すみません!」
「すまない。腹が減っていたか……」

こんな真剣な話をしていた時にお腹が鳴るとは!?
呆れたのか、ノクサス様はクスリと笑う。

「俺も腹も減っている。サンドウィッチならすぐに出るから、食べるか」
「はい……」

もう鳴らないで、と恥ずかしさを抑えるようにお腹を抑える。
そのままついて行き、ノクサス様の執務室で昼食をいただいた。



ノクサス様と昼食をいただいたあとは、何故かノクサス様の部下の方に付き添われてお邸に帰った。

「一人で歩いて帰ります!」と言っても、「なにかあっては大変だ!」と譲らない。
一体私になにがあるというのだろうか。
そこまで心配する理由がわからない。
危ない路地裏は通らないし、ひと気の多い道しか通らないのに。

ノクサス様のお邸に帰ると、「お帰りなさいませ」とアーベルさんが迎えてくれる。
思いがけずに午後から休みになったから、お仕事をもらおうとアーベルさんに聞いてみた。
掃除でも何でもします、と伝えたが、アーベルさんはきっぱりと言う。

「ダリア様にメイドの仕事などさせられません」
「ノクサス様のお世話係ですから、仕事がないなら、私はここにいられません」
「それは、困ります! ダリア様にはいて欲しいのです」
「ではお仕事をさせてください」

アーベルさんは困ってしまったけれど、仕事をしないならここにはいられない。
ノクサス様は『結婚したいのは……』と言ったけれど、私には答えられない。
私はノクサス様に相応しくない。
陛下の姪の方と上手くいかなくても、他にもいい縁談はくるはずだ。
私が邪魔するわけにもいかないし、邪魔をする気もない。

「あの……少し聞いてもいいですか?」
「なんでしょうか?」
「本当にノクサス様とお知り合いだったではないのですね?」
「何度も言いますが違います。アーベルさんたちはどうして私がノクサス様の恋人だと思ったのですか?」
「それなのですよ。フェルが言うには、突然『早く戦争を終わらせて帰らなければ……』と言い出したそうで……戦後の交渉にもノクサス様は当然関わっていますから、すぐに帰ることができませんでしたが、帰って来るなり、こっそりと出かけることが何度かあったのですよ」
「どこに行かれていたのでしょうか?」
「我々は、てっきりダリア様と逢引きしていたものだと……記憶喪失前ですから、逢引き現場を押さえる必要もないので気にすることもなかったのですが……まさか、こんなことになるとは予想もしていませんでしたし」

それは絶対に私じゃない!

「私以外の方と逢引きしていたという事ですよね? その方をお探しになったほうがよろしいのではないですか?」
「しかし、覚えているのはダリア様だけですし……ダリアという名前なのは間違いないのです」
「違うダリアかもしれませんよ?」
「そうは思えませんが……ノクサス様は、一日中ダリア様を探していますし」

ジィーとこちらを見られても、心当たりはありませんよ。
それに、一日中探されても困るのですけれど。

「とにかくお仕事をください! お仕事がないなら、お邸を出ます!」
「そ、それは困ります!」

アーベルさんは、焦りやっと仕事をくれた。
それでも、掃除はさせてくれず、邸に飾る花を採ってきて欲しいと言われた。
それは仕事なのか、と思うけれど、アーベルさんにとっては、私にさせる仕事にはこれが精一杯らしい。
邸の庭の庭園に行くと、薔薇を中心とした見事なほど美しいものだった。
ガラスの温室もあり、かなり本格的な庭園だ。

やはり、私はこの邸に相応しくない。
ノクサス様もきっと記憶を思い出すと、人違いだと言い出すような気がする。

それに、私は誰とも結婚をする気はないのだ……。




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