最愛ベビーを宿したら、財閥御曹司に激しい独占欲で娶られました
私がスリ被害に遭ったウエストミンスター地区から在英国日本国大使館まではそう遠くない。お説教されていた分、体感時間は長かったが。

「まずはパスポートの失効手続き、それから渡航書の発行。クレジットカードの無効手続きについても教えてくれるだろう。航空券もどうにかしなくては。それから――」

覚えきれない量を指示されて、私は頭を抱える。

そんな私の様子を見て、男性がふっと吐息を漏らした。

ちらりと目線を上げてみると、彼の目もとがほんの少しだけ緩んでいる。

「そんな顔をするな。起きたことは仕方がない」

口は相変わらずへの字で、怒っているようにも見えるが――。

「犯罪に遭っても無事であったことを、天国にいる君の母は喜んでいるはずだ」

そう言って私の頭の上に手を置き、くしゃくしゃと髪をかきまぜる。

……慰められた?

さっきまではあんなにネチネチ言っていたのに。単純に私を追い詰めたくてお小言を言っていたわけじゃないんだ。

おずおずと覗き込むと、彼は手を引っ込めて「調子に乗るなよ」と不機嫌そうに目を逸らした。

叱ったり優しくしたり、忙しい人だ。

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