最愛ベビーを宿したら、財閥御曹司に激しい独占欲で娶られました
だが悪い人ではないのだろう。親身になってくれているからこそ叱ってくれたのだ……と思いたい。

孤立無援かつ無一文という絶体絶命の状況の中、彼に出会えたことは本当に幸運だったと言える。

そういえば、こんなにも親切にしてもらっているのに、お互い名乗ってもいなかった。

たしか、通りすがりの人が『サー・シオン』と呼んでいたっけ。

「あの、シオンさん、とお呼びしても?」

尋ねてみると、彼はキョトンとした顔で私を見た。

「私の名前を知っていたのか」

「さっき、周りの方がそう呼んでいたのを聞いて」

「なるほど。なら私はヒメと呼べばいいか?」

警察の聴取で伝えた名前を憶えていてくれたのだろう。

とはいえ、いきなりファーストネームで提案されたので、ギョッと頬を引きつらせる。

自分の名前があまり好きではない。友達からはだいたい『菊宮』『菊ちゃん』『お菊』なんて呼んでもらっていた。

「できれば、菊宮の方でお願いします」

しかし、彼は不服だったのか怪訝な顔で眉をひそめる。

「人のことを名前で読んでおいて、自分は名字で呼ばせるとはどういうことだ?」

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