最愛ベビーを宿したら、財閥御曹司に激しい独占欲で娶られました
「ここでの暮らしは、最高に輝かしいものだったと母が言っていました。緑豊かなハイド・パークでの散歩、ブロンプトンロードにある高級百貨店でのショッピング、休日に訪れるパブのビールに、自宅から臨むテムズ川の眺め――」

母は父のいた時代に戻りたかったのかもしれない。

もう父とともにロンドンの景色を見ることはかなわない、そう考えたからこそ、いっそうこの地に思いを馳せたのだろう。

「楽しそうに語ってくれました。いつか一緒に行こうって約束していたんですが、母も病気で亡くなってしまって――」

結局、約束は果たせずじまいだ。だから私は遺影を持ってここに来た。

「……恋人との間に、結婚の話が持ち上がったんです。だからこそ今、母と向き合うことがケジメだと思いました。この機会に、母にロンドンの景色を見せたくて」

もう死んでしまった母になにをしても届くことはない。これは自己満足だ。

しかし、彼は否定することなく、清々しい表情でゆっくりとうなずいた。

「そういう考え方は嫌いではない」

賛同してもらえたことに、どこかホッとする。

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