最愛ベビーを宿したら、財閥御曹司に激しい独占欲で娶られました
傍から見れば充分立派な孝行息子だろうけれど、彼自身は納得できていないようだ。

「陽芽が少し、うらやましい」

そう言って笑う彼の表情は、どこか空虚だった。悲しげな、自分を貶めるような笑みを浮かべている。

終始堂々としていた彼がそんな顔をするのは意外で、親近感を覚えた。騎士という名誉を授かった特別な人といえど、私と同じ人間らしい。

「……ところで今、さりげなく陽芽と呼びましたね」

「その件はさっき解決しただろう。親から与えられた名前で呼んでなにが悪い」

そんなやり取りを交わしているうちに、大使館の職員が部屋に戻ってきた。帰国のために必要な渡航書を渡される。

「行くぞ、陽芽」

もう訂正するのも疲れたので、その呼び方を受け入れることにした。職員たちにお礼を言って、私たちは大使館を出る。

「連れていってあげよう。君のお母様を、思い出の場所へ」

ふと志遠さんを見上げると、優しい眼差しで私のことを見つめていた。差し出された手に、反射的に自分の手を重ねる。

大使館の前にはすでに迎えの車が停まっていた。

彼は私を後部座席へとエスコートしながら、頼もしい笑みを浮かべた。



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