狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜
そんな美桜のことなど置き去りにして、喜色満面の薫は、相変わらず美桜とは目を合わせず気まずそうに引きつった笑みを貼り付けたままの弦に、見合いの日のために仕立てる振袖のことや日取りのことなどで相談を持ちかけはじめた。
「ねえ? あなた。善は急げと言いますし。いつもお世話になっている銀座の『くらや』(老舗呉服屋)さんで着物をお願いしておきますね」
「……あっ、ああ、任せるよ」
「えーと、それから、日取りのことなんですけれどーー」
もう決まったこととはいえ、どうにも受け入れがたかった美桜は、これ以上聞くに堪えなくなってくる。
「後片付けが残っていますので、離れに戻りますね」
「……あっ、ああ、頼む」
「あら、美桜さん。まだいらっしゃったのね」
「……」
ふたりに中座する旨を言い置くのがやっとだった。薫の言葉に何かを返すような余裕もなく、静かにふらりと立ち上がった美桜はふらつく足取りで豪華絢爛な母屋の大広間を後にした。
母屋から離れに向かう途中、運の悪いことに、庭に面した長い廊下の角を曲がったところで、兄の愼と鉢合わせしてしまう。
「おっと、危ない。なんだよ美桜、浮かない顔して」
「……」
心ここにあらずでボンヤリしていた美桜は危うく愼にぶつかりそうになったが、愼の声が聞こえたことで正面衝突は免れた。
愼は一七九センチという美桜よりも二十センチあまり高い身長を活かして、未だ茫然自失に陥っている美桜のことを哀れみの色を滲ませた眼差しで見下ろしてくる。
「無理もないか。あんな中年のオッサンと見合いなんてなぁ」
「……」
おそらく見合いのことは薫から事前に聞かされていたのだろう。
愼はショックを隠せないでいる美桜に向けて、心底楽しそうな表情同様の笑み交じりの声を放った。