狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜
それはとても有り難いことなのだが、美桜としては、夫である尊のために得意な料理を振る舞いたかったというのが本音だ。
けれど平日勤めの尊とは違い、プロジェクト関連のイベントごとなどの監修や華道の講師として休日に招かれることの多い美桜には、そういう時間を捻出するのが困難な有様だった。
そんな新婚生活の最中 、七月を目前に控えた六月の下旬。今日は朝から梅雨独特の分厚い雨雲に覆われた仄暗い空は、しとしとと細い雨を絶えず降らせている。
そんな日にも関係なく、スタジオのなかは眩い照明の光が降り注いでおり、たくさんのスタッフらの活気のある声で満たされていた。
その傍らには、結婚前と変わらず、護衛兼世話係のヤスとヒサの姿もある。
「美桜さん。今度は花に手を添えたままで、目線だけこっちに向けて、画面の向こうの視聴者ににっこりと笑顔を振り撒くイメージでお願いします」
「……あっ、はい。こ、こんな感じでいいでしょうか?」
「そんなに緊張しなくていいですよ。もっとこう肩の力を抜いて。ほら、リラックスリラックス!」
「……は、はい」
「あー、いいですねえ、初々しくて。じゃあ、それで撮り直しましょうか」
たくさんのスタッフらに見守られるなか、美桜はまだ慣れずにいる、自然な笑顔を求められ、いつものやり取りを数度繰り返してようやくOKをもらえたことにホッと胸を撫で下ろす。
ふと壁に掛けられている時計を仰ぎ見ると、もうすぐ十七時になろうかとしていて。
ーーこの調子だと、十九時過ぎには帰宅できるかも。よし、頑張ろう。
気合いを入れ直した美桜は、再びまわりはじめたカメラの前で、とびきりの笑顔を綻ばせた。