狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜
その声に振り返り、長年見慣れた仕事着である、濃い紫の着物に身を包んだ麻美の姿を視認した途端、ホッと胸を撫で下ろした。
「……う、うん。大丈夫。なんでもないから」
対して愼は、邪魔が入ったとばかりに、美桜にだけ聞こえるほど小さなチッという舌打ちを繰り出してすぐ、美桜の背中越しにこちらへ駆け寄ってくる麻美に向き合い、いつもの飄然とした声音を披露している、という変わり身の早さだ。
「相変わらず心配性だなぁ、麻美さんは」
「あら、愼坊ちゃん。まだこんなところにいらしたんですか? 早く支度なさらないと収録に遅れてしまうんじゃありませんか?」
「あっ、やっべぇ。そうだった」
「まぁ、嫌だわ。忘れてらしたんですか? だったら早く支度なさってください。遅れたりしたら、先祖代々築き上げてきた清風の信用が台無しですよ」
「……はい。すぐに支度します」
けれどこれもいつものこと。
麻美はまたかというような顔を隠しもせず、毅然とした態度で、愼にピシャリと苦言を呈し、もちろんお小言も忘れない。
その言葉でテレビ局での収録のことを思い出したらしい愼は、少しバツ悪そうにしながらも時間がないのか、慌てた様子でそそくさとニ階にある自室へと走り去っていく。
今年六十歳を迎える麻美は、前家元で現在は妻の幸代《ゆきよ》とともに軽井沢の別荘に移り住んでいる、弦一郎の代からこの家の使用人として住み込みで働いてくれている。