魔法の手に包まれて
「辛いなら逃げたっていいんですよ。だけど、先生の場合は違う。辛いから逃げるのではなく、逃げようとしているから辛いんです。だからこそ今、辞めたくないと思ったのではないですか?」
 彰良の言葉を聞いた千夏は、握りしめている手につい力が入ってしまった。恐らく、それは彰良にも気づかれている。なぜなら、二人の手は重なり合っているのだから。
「私は、先生は先生を続けた方がいいと思いました。それは、子供たちとその保護者の顔を見て、そう思いました。あの子たちは、この二年間、先生と時間を共にすることができて、良かったと思っていますよ。それに、相談できる相手がいないなら、そういう相手を作ればいい。あの園長先生も、同僚の先生も、顔つきや言葉はきついかもしれないけれど、あなたを見守る視線は優しかったですよ。そう、まるであなたが園児たちを見守るときのように」
 と言われてしまえば、自分は幼稚園児と同じなのか、という気持ちが千夏の中にも生まれてくる。
「そうやってみんな、成長を見守っているのです。私も、あちらの大学にいたときに、何度逃げ出そうとしたことか」
 そう笑う彰良は、実際の年齢よりも十歳は若く見えた。
「それを助けてくれたのが、そのときの師と同じような留学生たちでした。きっと、知らないうちに彼らに愚痴を言えていたんでしょうね。もし、先生がそのような相手がいないと思っているなら、私ではダメですか?」

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