炎暑とバニラ

 部屋に戻る。すぐにエアコンをつけた。冷凍庫はアイスでぱんぱん。まあいいんだけど。

 寺町さんを風呂に押し込んで、俺はベッドシーツを新しいやつに変えた。あー、これコインランドリー持って行っとけば……まぁいい、明日は休みだ。どうせ明日もとんでもない酷暑なんだから、すぐに乾く。


「すみません、先にいただきました……っていうか、シャワー、私、自分の部屋行けば良かったですよね……」


 上気した頬の寺町さんが、やっぱり長袖のパジャマで部屋に戻ってきて言う。

 パジャマ。

 ちょっとドキッとした。露出自体はさっきと変わんないのに──


「……エアコンないと(あち)ぃじゃないっすか」


 胸の熾火を誤魔化すように「ほら」と 扇風機のスイッチも入れてやると、寺町さんは眉を下げる。このひと、眉を下げてばっかだなあ。


「……何でそんなに親切にしてくださるんですか?」


 寺町さんの短い濡れ髪が、扇風機の髪で揺れて、火傷の痕がちらちら見えた。


「え?」

「私なんか、……に」


 何か言いかけて、でもそれを止めて「に」をとってつけて、寺町さんは言う。俺は首を傾げた。

なぜ?


「いやまあ、たしかに……あー、じゃあ多分、お隣さんだから? みたいな感じで」

「……ふふ」


 寺町さんが小さく頬を上げる。微かにえくぼができた。

 苦笑いとか、困ったような笑い顔のときはでていなかったから、こんなふうに笑ったときだけできるんだろう。

 俺はなんだか眩しいものを見たような気分になって、「そっちの方がいーっす」とだけ彼女に伝えた。


「?」

「笑ってる方が」


 寺町さんの頬が赤くなる。
 なんかまた余計なこと言った気がして、俺は目を逸らして窓の外を見るふりをする──街の灯りでぼんやり明るい夜の空に、月が出ていた。
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