炎暑とバニラ
3(ヒロイン視点)
松原さんの家に転がり込んで、数日。
不思議なくらい、私はここに馴染んでしまっていた。
松原さん、というか消防士さんの仕事は二十四時間勤務。丸一日いなくて、翌日は非番……といっても研修があったりもするらしいけれど。
そうしてその翌日が休日のようだった。
365日を、そうして過ごす。お盆だのお正月だので休めるって、そりゃそんなわけないか。
(大変だなあ……)
私は朝日の中、IHヒーターで素麺を茹でながら思った。
このマンションはガスコンロじゃない。まだ火は見たくない。借りることにした決め手はそれだった……って、無職でも借りられるところは限られていたのだけれど。
(貯金が尽きる前に仕事、探さなきゃ……)
なんとなく気は焦るし、それにさすがに十日間、ぼけっと知らない男の人の家でゴロゴロしているわけにもいかず、せめて家事はさせてくれと頼み込んでさせてもらっているわけだけれど──
私は時計を見た。
午前九時。
そろそろ勤務明けの松原さんが帰ってくる。
私はIHのスイッチを消して、素麺を流しで冷やす。
さっき「朝ごはんなにがいいですか?」って緑色のアプリにメッセージ送ったら「素麺たくさん」って返ってきていたのだ。
早朝に一度食べてはいるらしいのだけれど、勤務明けはお腹が空くのかもしれない。
付け合わせにキュウリとかハムとか切ってみたけれど、これ冷やし中華じゃんねー……ま、いいか。
わずか数日で、私はここの暮らし……というか、松原さん自身にも馴染んでいた。びっくりするほど、あの人といるのは居心地がいい。
強面な外見とは裏腹に、普段の言動はびっくりするくらいフランクだし。
まあ突然横に越してきた微妙すぎる知人を居候させてくれるくらいだ。もともと面倒見はいいんだろうと思う。
最初──ほんの一瞬だけ、「身体目当て」ではないかと思った自分を恥じる。そもそもこんな……
私は自嘲してしまう。
こんな、身体中ぼろぼろのおんな、抱きたいなんて思うはずないのに。