炎暑とバニラ
炎暑──なのだと思う。
相変わらずの長袖シャツに身を包んだ私は、松原さんが押す自転車のサドルに乗せられていた。松原さんは鹿爪らしい顔をして、夏の陽光の下、自転車を押して歩く。
私は強制的に持たされたミニ扇風機を自分に向けていて──時々松原さんに向けると眉間を険しくして彼は怒る。
「ダメだろ」
「でも松原さん、汗だくですよ」
「慣れてるからいーの。つか、車買っときゃ良かったなあ!」
寺町さん乗せられたのになあ、と彼は言う。
それがとっても大事なことみたいに。
松原さんがそこまで意味なく発したであろうその言葉を、自分の都合の良いように解釈しようとする自分に呆れる──全く、恩人に向かって何を考えているのだか!
電車に乗り込むと、ひんやりと全身をクーラーの冷気が包む。そこそこ混んでいて、ドア横に立って並んだ。
汗だくだったはずの松原さんは全然汗臭くなくてちょっと不思議に思う。
「……なに、汗臭い?」
不思議なあまり、つい近づいていたらしい。
首を振ってばっと離れると、松原さんは私の髪をちょっとだけ撫でて目を細めた。どくどくと血が巡る。
目的地である繁華な街のビルにある水族館は、平日だけれど夏休みということもあってなかなかの混雑っぷりだった。
「まあなんか、俺ら逸れなさそうっすよね」
ちょっと楽しげに彼は言う。
190センチ超と172センチ、どこにいても見つかりそうではある。ですね、と笑った私の手を、それなのに彼は丁寧に繋いだ。
「……!?」
「それでも、念のため」
松原さんが私の手を引く。
私は目を白黒させて、ついでに頬はきっと真っ赤になって、彼についていく。
心音が爆音で割とやばめ。静かなところだったら、彼に聞こえてしまうかも……
青い水槽の横を、お魚を眺めながらゆっくりと歩く。色とりどりの魚が涼しげに泳ぐ。
松原さんが、私を見下ろして頬を緩める。
自然と、私も笑い返して──
レストランで海鮮丼を食べてしまったから夜はお好み焼き食って帰ろう、と松原さんがペンギンを見ながら笑う。
指はいつのまにか、指を絡める恋人繋ぎ。