炎暑とバニラ

 駅まで戻ってきたとき、松原さんが「すぐ戻る」って人波に消えていった。もうすっかり宵闇に包まれた駅前の雑踏。

 私は松原さんの広い背中をぼんやり眺めながら、ついぽっっとつぶやいた。


「楽しかったなあ……」


 水族館。何でもないようなことを話しながら蛍光色の魚を眺めるのも。繋いだ手の体温を感じながら、ゆらゆら揺れる白いクラゲを見るのも──


(……あ、違うな)


 私は目を瞬いた。
 違う。

 私、──松原さんと一緒にいると、いつでもなんでも、すごく楽しい。

 病院で意識が戻った時、ひどい火傷だと聞いた時、なんで助けたのとまで思っていたのに──

 と、ぽん、と肩を叩かれた。無造作な仕草を不思議に思いつつ──松原さんはそんな触れ方、しないから──振り向くと、背の高いふたりの男性がいた。松原さんほどではないけれど……背はともかく、ものすごく「チャラい」感じの人たちだった。


「……?」

「お姉さん、スタイルいいね」

「ねー、誰か待ってる?」


 私は視線をうろつかせた。ナンパなんて、どうしたらいいのか分からない。


「あの、人と来てて、今待ってて」

「そなの? ならその子も一緒に遊ぼ」

「……男の人で」

「えー、デート?」

「オレらよりイケメン?」


 楽しげに笑う彼らから、少しお酒の匂い……どうやら酔っ払っているようだった。


「なので、私」


 そう言いかけた私の耳の辺り、に視線を感じる。私はハッと身体をすくめた。


「おねーさんこれ、火傷かなんか?」

「うわー痛そー」

「あれこれ、首のとこも……あれ、もしかして背中もこんな感じ?」

「うわうわうわ、えぐー! ちょっと引くわ」


 ぐっと唇を噛んだ。勝手にジロジロ見て、好き勝手に言って。


「ね、ちらっと見せてよ」

「……え」

 私は耳を疑った。
 見せる、ってなに?


「え、お前グロいのいけんの」


 ずきんと胸が痛む。
 えぐい、とかグロい、とか……
 なんでそんなこと言われなきゃいけないの?


「いや純粋にキョーミあんだって。もしかして隠れてるとこ全部こんなん?」

「いややめとけってー。キツイってこれー」

「いーじゃん。襟からちらっと覗くだけだからうわっ!?」


「おいコラてめえ、他人のツレになにやってんだボケ」

「ちょ、離せっ」

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