炎暑とバニラ
振り向く先で、松原さんが私の火傷を見たがった人の胸ぐらを掴み上げ、宙にぶらんと浮かび上がらせていた。私は一瞬理解が追いつかず、ぽかんとふたりを眺めて──それから慌てて「ま、松原さん」と声を上げた。
「だめ、だめです。私は大丈夫なので」
「ほら、おねーさんが大丈夫だっつってんだろ」
「俺が大丈夫じゃねえんだよ」
松原さんが低い、地を這うような声でそう言った時、人混みをかき分けて駅員さんがふたり、駆けてきた。
駅員さんは、大男三人が口論どころか組み合っているのを見て、一瞬たじろいだ。けれど職業意識からか「何をしているんですか!」と大きな声で強く言う。
私はきゅっと松原さんの背中に抱きついた。
「ありがとうございます、でももうやめて」
松原さんが私を見下ろして、とても悲しい顔をする。彼の手から力が抜けて、男の人がぺたん、と床に尻餅をついた。
「あ! きみたち、またか!」
「昨日も酔っ払ってトラブル起こしていただろう!」
どうやらあのふたり、常習犯らしい。
駅員さんたちが彼らと押し問答を始めたスキに、私は松原さんの手を引いて雑踏に紛れ込む。まあこの身長だから、探されたらすぐ見つかっちゃうかもなんだけれど……
電車に乗り込む。
そこで松原さんが小さく「悪かった」とつぶやいた。
「あの、いえ、そもそも私が絡まれたのが──」
「違う。ひとりにして、あんな奴らに好き勝手言わせて」
松原さんが項垂れる。大きな犬がシュンとしているみたいだった。私は彼の大きな手をぎゅっと握る──気がつけば、一日中握っている彼の手を。
「大丈夫です。ね、今日楽しかったです。帰ってアイス食べましょう」
私がそう言うと、松原さんはますます大きなワンちゃんみたいな表情をした。それから気がついたように冷たいペットボトルをボディバッグから取り出した。
「これ」
「え」
「暑かったかなと思って」
松原さんが私の首筋に、そのペットボトルを当ててくれた。ひんやりとする。
これを買いに行ってくれていたんだ。
せっかく身体を冷やそうとしてくれているのに、心臓がばくばくして体温がどんどん上がって、ペットボトルの水がもしかしたら沸騰してしまうかも、なんてあり得ないことまで考える。