炎暑とバニラ

 冷凍庫には、バニラ味の棒アイスが一本残っているだけだった。


「あれ、もー食べちゃったっけ」


 松原さんがそれを取り出しながら言う。私は苦笑した──そういえば松原さん、甘いもの好きみたいで、結局何やかんや食べていたのだった。


「しゃーねーや、また明日買いに行きますか」

「はい」


 返事をしながら思う。もうすぐ十日が経つ。
 それが過ぎても、松原さんと一緒にいられないかなあって……


(無理か)


 私は軽く目を伏せた。

 もう私は「エグ」くて「グロい」のだ。
 モデルどころか、好きな人に異性として見てもらうことすら、無理なのかもしれない……


(私って)


 松原さんと過ごすのが楽しすぎて、忘れかけていたけれど……

 そもそももう、私を必要としてくれる人はいないのだ。悲しいことに。

 じわじわと寂寥感が胸を包む。

 砂を噛む気分──な口に、唐突に、ひんやりとしたバニラ。


「んっ……」

「ベランダで食おう」


 松原さんがスタスタと歩いて、ベランダの窓を開けた。振り向いて「ん」と横を示される。

 私はバニラアイスをぺろぺろ舐めながら彼の背中に近づく。


「ごめんなさい、最後の一本なのに」

「いーって」


 私たちはどちらともなく、ベランダの床に直接座った。くっついて。空を見上げる。欠けた月がぽかんと浮かんでいる。風がざあっと吹いて、それはびっくりするほどに秋を包み込んでいた。

 季節がゆっくり、変わろうとしている。


「暑くないっすか」

「……はい」


 私たちは無言で、星のない空を見上げ続ける。月だけが煌々としている。植え込みからだろうか、虫の声がする。もう一度、風が吹く──私は呟いた。
< 18 / 21 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop