炎暑とバニラ
冷凍庫には、バニラ味の棒アイスが一本残っているだけだった。
「あれ、もー食べちゃったっけ」
松原さんがそれを取り出しながら言う。私は苦笑した──そういえば松原さん、甘いもの好きみたいで、結局何やかんや食べていたのだった。
「しゃーねーや、また明日買いに行きますか」
「はい」
返事をしながら思う。もうすぐ十日が経つ。
それが過ぎても、松原さんと一緒にいられないかなあって……
(無理か)
私は軽く目を伏せた。
もう私は「エグ」くて「グロい」のだ。
モデルどころか、好きな人に異性として見てもらうことすら、無理なのかもしれない……
(私って)
松原さんと過ごすのが楽しすぎて、忘れかけていたけれど……
そもそももう、私を必要としてくれる人はいないのだ。悲しいことに。
じわじわと寂寥感が胸を包む。
砂を噛む気分──な口に、唐突に、ひんやりとしたバニラ。
「んっ……」
「ベランダで食おう」
松原さんがスタスタと歩いて、ベランダの窓を開けた。振り向いて「ん」と横を示される。
私はバニラアイスをぺろぺろ舐めながら彼の背中に近づく。
「ごめんなさい、最後の一本なのに」
「いーって」
私たちはどちらともなく、ベランダの床に直接座った。くっついて。空を見上げる。欠けた月がぽかんと浮かんでいる。風がざあっと吹いて、それはびっくりするほどに秋を包み込んでいた。
季節がゆっくり、変わろうとしている。
「暑くないっすか」
「……はい」
私たちは無言で、星のない空を見上げ続ける。月だけが煌々としている。植え込みからだろうか、虫の声がする。もう一度、風が吹く──私は呟いた。