炎暑とバニラ
「なんで生きてるんだろう」
「俺が助けたからっすよ」
即答された。私は眉を下げてバニラアイスを口に含む。
「私、モデルだったんです」
「──へえ」
松原さんが本気で驚いた気配を感じて、私は苦笑する。
「小さいショーとかのね。でももう使ってもらえないだろうし、事務所も辞めちゃったし。……家族もいない。だからね、私、もう私のこと必要としてくれる人、いないんです」
バニラアイスが溶けてくる。
手がベタベタして気持ち悪い。
「なのに生きちゃった……助けてくれた人を目の前にしてこんなこと言うの、ほんとに、ごめんなさい。でも私……私なんかを、生かす必要、ありましたか」
「俺は」
松原さんはキッパリと言う。
視線を感じて彼を見上げると、ばちりと視線が絡んだ。
「俺は寺町さんが生きていてくれて嬉しい。助けられて良かった。本心からそう思ってる」
そうして真っ直ぐな視線のまま、続ける。
「必要とされてないとか、んなわけあるか。友達にはきちんと連絡取ったのか? 会社の人はなんて言ってたんだよ」
「それは」
言い淀む。
友達は心配してくれていたのに、私が一方的に関係を切った。事務所の社長だって、気にせず残ってくれたらいいと言ってくれたのに、意固地になって辞退した。
「それは……」
「あんた、救助されるとき何て言ったか覚えてるか? 死にたくないって言ったんだよ」
私は目を瞠る──死にたく、ない?
「それにな、ほかの奴らが何と言おうと──俺はあんたが必要だって思うよ」
「……え?」
「寺町さん最初に見た時、綺麗な人だって思った。痕なんて関係ねえよ……クソ、まとまんねえ!」
松原さんは頭をがしがしかいたあと、もう一度私の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「好きだ」
私はバニラアイスを落としそうになる──
目を何度も瞬く。
「好き」
そう言って、彼は私の手を取った。
アイスを持っている右手──そうして目を細めた。
「溶けてる。……なあ、食ってもいい?」
「え、あ──、はい」
呆然としたまま、そう、答える。
松原さんが舌を伸ばしたのは、アイスじゃなくて溶けたバニラでベタベタになった私の手の方、だった。