炎暑とバニラ

「──ぁ」


 頬に熱が集まる。ぴくん、と肩を揺らす。


「食っていい、つったの、あんたっすからね」


 そう言って彼は丁寧に私の手を舐めた。
 指の付け根、骨のところ、水掻きのところ。つつつ、と指を辿って爪を、爪と皮膚の間を、時折ちゅ、というリップ音をわざとらしく立てながら。

 私は左手で、きゅっと松原さんのTシャツを握る。薄い生地越しに、彼の心臓が早鐘を打っているのが分かる。


「食わないんすか?」


 ちゅうっと指先を吸いながら彼が言う。


「アイス」

「食、べる」


 掠れた声で、そう答えた。
 私はバニラアイスを横から舐めた。ぺろり、って。

 松原さんも私の手から口を離し、おんなじように横から──だから、唇と唇が触れ合う。
 バニラアイス越しに何度もキスを重ねる。冷たいアイスと、熱い彼の唇。甘い、甘い、キス。アイスを舐める音と、キスを貪る音。

 私の手から、バニラアイスがぽとんと落ちる。

 同時にぐっと抱き寄せられた。かき抱くような、乱暴で、でも大切にされている仕草。

 深くなるキス。口内を貪られる、激しい口づけ──舌と舌が絡む。アイスで冷えたお互いの舌を、温めるように絡め合う。

 彼の手が、背中を撫でる。宥めるような優しい撫で方──そうして、するりと彼の手がシャツの中に入り込んできた。


「……ほんとに、ね、汚いの。ごつごつしてるでしょ……」


 私の言葉に、彼は首を振る。

 そうして直接、私の背中を撫でた。


「見たい。あいつらみたいな腹立つ理由じゃなくて」

「……ん」


 そう答えると、彼は私の耳にキスをした。ここの後ろも火傷の痕がある。彼は慈しむように、そこにキスをしてくれて──

 私は自分から、ぷち、ぷち、とボタンを外す。

 その間も、彼は背中を撫でていてくれた。
 さらりとシャツを脱ぐ。キャミソールも脱いで、上半身はブラジャーだけ。

 じっ、と松原さんが私の背中を見つめている。


「……思ってるよりひどい?」

「いや」


 そうっとそうっと、彼は私の火傷の痕を撫でた。


「頑張ったな」


 その一言に──私は大きく息を吐く。吐き出した息は、小さく震えていて。


「綺麗だ。寺町さんが頑張った証だから」


 松原さんは何度もそう言って、私にキスを落とす。


「助けられて、本当に良かった」


 深い声で、彼はそう呟いて──私を抱き上げ、部屋に入る。

 カラカラと閉まる掃き出し窓。

 ベッドに優しく横たえられながら、私はそっと目を閉じた。
 



 生きていてよかったって、そう思った。
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