炎暑とバニラ
エピローグ(ヒロイン視点)
放置しちゃってたアイスを片付けようとベランダに出た松原さんが、なんだか楽しげに笑って私にアイスの棒を差し出す。
「? なんですか」
それを受け取って、私もちょっと笑ってしまう──だって、「あたり」だったから。
「な、生きてるといいことあるだろ」
松原さんが部屋に入りながら笑って言う。私は棒を持ったまま笑い返して、もう一度それを眺めた。
「……人生で初めて当たったかもです」
「マジすか。まあ俺も、最後いつかなー……あ」
彼は思い出したように私を見て「電話してな」と言う。
「え?」
どこに、と首を傾げた私の頭を、ヨシヨシと彼は撫でた。
「電気屋。もうエアコンいらねーだろ」
ぱちぱちと目を瞬く。
「え、わかんないっすか」
彼はむにっと私の頬をつまむ。
目線をちょっと逸らして、彼は続けた。
「出てって欲しくないんすけど……」
その意味が分かって、私は胸がきゅうんとなるし、彼に抱きついてしまうし、多分顔真っ赤だから彼に見せられないしで困る。
松原さんは私の背中を優しく撫でながら、頭とかおでことかに何度もキスを落とした。それからふと、思いついたかのように口にする。
「そういや、あのー」
「なんですか……」
半分涙声で、彼を見上げた。
「聞いてないなあって」
「? 何をです」
「返事」
ぎゅうぎゅうと彼は私を抱きしめる。
そうして耳元に唇を寄せて、ほんのちょっと拗ねた声で呟いた。
「俺、あんたのこと、好き、って言ったんすけど」
その言葉に、私はぱちりと目を瞬いて。
それから彼を見上げて、できる限りの笑顔で笑う。
だって「そっちのがいーっすよ」って言ってくれた表情だから。
そうして私はありったけの想いを詰め込んで、彼に気持ちを伝える。
「……大好き」
私の言葉に、松原さんは破顔する。
そうして私を子供みたいに縦に抱き上げて、ものすごく楽しげに言った、
「生きてて良かったっす、俺!」
私は瞳からぽろぽろ落ちていく何かの正体が一瞬、分からない。
切ないような、嬉しいような、叫び出したいような、狂おしいような──そんな幸福に包まれながら……
──ようやく、私はそれが涙だと気がついたのだった。