炎暑とバニラ
1(ヒロイン視点)
私は、私という人間は、命懸けで私を救助してくださった消防士さんに向かってなんということを……
私は消防署を出て、白いレンガで舗装された道をトボトボ歩く。
真っ黒な影は真下に落ちている──背中を丸めて、私は歩く。影が一緒に移動する。
世界は晴れていてこんなに眩しいのに、私の心中は影くらい真っ黒。
去年、こんな火傷を負う前の私は背中を丸めたりしなかった。
ぴっと胸を張り、背を伸ばし、カメラに向かって微笑んだ──十人並の容姿の代わりに、私は背が高かった。
172センチ。
学生の頃、アルバイト代わりに始めたモデル業、決して売れっ子にはなれなかった。
テレビや有名な雑誌なんか夢のまた夢。主にウェディング関係のカタログだとか、小さなショーだとか。
それでも楽しくて、なのに、私は──私は。
もうあそこに立つことはできない。
身体中に残った火傷の跡──
泣きもしない。
できない。
辛すぎて、涙なんか全部枯れてしまった。
頭がくらくらする。
何度も呼吸を繰り返して、ようやく何か変だなと気がついた。
「あ、れ……?」
ぐらり、と視界が歪む。
膝から崩れ落ちそうになったとき、誰かがガシリと私の身体を支えた。
「大丈夫っすか?」
「……?」
半ば朦朧としながら、声の主を見上げる。
白い真夏の陽光を背後に、オレンジ色の消防士さんの制服──でいいんだろうか、作業服みたいな、犬のワッペンが腕についているやつ──を着たさっきの消防士さんが私を覗き込んでいた。
強面だけど、端正な顔が心配に歪んでいる。
確か……松原さんと言ったか。
かなり背が高い私より、それでも20センチくらいは高い、そんながっしりと筋肉質な男性だった。
「……あ、すみませ、その、立ちくらみを」
「熱中症だと思います」
やたらハッキリと彼は言った。そうしてひょい、と私を抱き上げ、街路樹の下のベンチに私を横たえた。
私はくらくらしたまま、目を白黒させる。
彼は私の腋の下だとか首だとか足の付け根だとかに保冷剤を置いて行く。
「火傷を……されているんですよね。病院で言われませんでしたか、汗腺のことは」
ざあ、と風が吹いた。
視線の先、街路樹の葉っぱが夏の陽を透かしてきらきらと揺れる。
私は「ああ」と答えた。そうか、そうだった……
「私、背中から太ももにかけて……皮膚移植したんです」
長かった髪の毛も、焼けてしまった。
耳の後ろやうなじにも、痕が残って。
松原さんは何も答えない。
でも追いかけてきてくれたということは、当然知っているんだろう。
私の汗腺は焼けてしまって、うまく汗がかけない。当然熱中症にもなりやすくなる。気をつけるよう言われていたのに、さっき松原さんに変なことを口走ったことで頭がいっぱいで、すっかり意識の外だった……
「病院へ」
「いえ、大丈夫です……」
私は落ちてくる夏の陽を見つめながらつぶやいた。
ふと、蝉が鳴き出す。
じーわ、じーわ、じーわ、じーわ。
私と松原さんは、しばらく黙ってそれを聞いていた。