炎暑とバニラ
寺町さんが持っていた荷物は、ボストンバッグひとつだけだった。
「全部焼けてしまったので」
言われずとも分かっていた。あの朱い炎はありったけの酸素を消費して、舐めるように全てを焼いてしまっていた。
寺町さんからもらった菓子折りは、実のところ菓子折りではなくてタオルだった。フェイスタオルとバスタオルのセット。
「これ今から来客用ってことにするんで、寺町さん使ってください」
ベッドの横のローテーブルの前に座っていた彼女が「え」と慌てたように俺を見る。
「あの、でも」
「水通ししなきゃっすよね。コインランドリーにでもいくか」
洗濯機はあるけれど、安物のこれに乾燥機能はついていない。寺町さんはしばらく迷った後、こくんと頷いた。
その寺町さんの視線がベッドに向いた後、申し訳なさそうに俺を見上げる。
「あの、本当に大丈夫なんですか?」
「なにが」
「……彼女さん、とか?」
寺町さんの言葉に、彼女の視線が何を意図していたかようやく気がつく。
ベッドがでかいからだ。狭いワンルームに似つかわしくないクイーンサイズ。たしかにひとりで寝るサイズじゃないんだろう、本来は。
お陰で部屋は圧迫されて、あとあるものといえばローテーブルにテレビと本棚代わりのカラーボックス、床に転がっている筋トレグッズくらいなもので。
俺は苦笑して答える。
「もう何年もいねーから心配しなくていーっすよ。ソレがでけえのは俺が無駄にでかいから」
190センチをゆうに超える体格で、せめて非番くらいゆったり眠ろうと寝具を追求したらこうなっただけだ。
寺町さんはパチパチと目を瞬いたあと、頬を真っ赤にして「ごめんなさい」と目線をローテーブルに落とす。
そこには俺が淹れた麦茶があって、グラスの氷がからん、と溶けて音を立てた。エアコンがこおこおと冷気を吐き出す──
「……あの、じゃあ、やっぱり私が床で」
「は? 退院したばっかなのに」
「でも」
「いいから」
俺はなんでも突っ込んであるごちゃごちゃした納戸から、友人に誘われたキャンプで使ったシェルフを取り出す。外国アウトドアメーカーの、でかいやつ。