離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~
レストランに入るなり、厨房からドカドカと足音がした。
ウェイターさんの背後からぬっと現れたひげもじゃの大きな男性に、思わず「ひゃっ」と小さく悲鳴を上げて徳重さんの背後に隠れてしまう。
「おい、彼女が怖がっているじゃないか」
コックコート姿のひげもじゃさんが大きく眉を上げた……って、この人ここのオーナーシェフだ! 雑誌で見かけたことがある。
「彼女? 恋人ってことか! 女を連れてきたことがないお前が……」
「そういう意味じゃない。彼女はまあ、……昔の知り合いだ」
胸がつきん、と痛んだ。
昔の知り合い、かあ……
まあ本当のことなんだけれどね。私は急いで姿勢を正して頭を下げた。
「お邪魔します」
「おいおい、客が頭下げるってなんだよ」
呆れたようにシェフは言って、私の頭をガシガシと強く撫でた──と、徳重さんがその手を払う。
「やめろ、嫌がってるだろ」
「嫌がってねえよ。なあお嬢ちゃん」
「嫌がってる」
眉を寄せる徳重さんを、シェフが目を丸くして見つめた。
「──何だ?」
「いやあ、なんていうか……、まぁいいや。今日は悪かったな徳重。キャンセル出たから食いに来いなんて呼び出して」
「いや、いいタイミングだった」
そう言って私を見て悪戯っぽく笑う。
「そういうわけだったんだ」
こいつは高校の同級生で、とシェフを目線で示す徳重さん。シェフの名前は金山さんだった。
私は「……あ」と微かに笑って、もう一度頭を下げる。
そっか、そうか……別に私じゃなくて良かったんだ。単に、このレストランに来る相手を探していただけで。
(やだな……なんか、自惚れちゃってたな)
軽く目を伏せる。
特別扱いされてるって、どっかで思っちゃってたや。そんなことされる理由なんか、ひとつもなかったのに。