離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~

 ややあって、ウェイターさんが個室に案内してくれた。


「わあ……」


 椅子に座ってもどうにも落ち着かず、周りをキョロキョロとしながらはめ殺しの窓ガラスの向こうを眺める。
 春の陽を反射する東京湾が眩い。
 角度的に、ちょうどレインボーブリッジが見えた。


「夜も綺麗なんだ」


 なんということもない感じで、徳重さんが言う。
 私は頷きながら、きっともう来ることのないレストランからの眺望を目に焼き付ける。

 前菜が来る前に、と徳重さんが名刺を渡してくれた。私も慌てて財布に何枚かしまってあった名刺を取り出して彼に渡す。

 徳重さんは私の名刺を見て軽く眉を上げた。


「……あの?」

「いや──きみも大人になったんだなと」


 その言葉に思わず笑った。だってやっぱり、子供扱いされていたんだなあって……


「もうすぐ二十六になります。アラサーです、お酒だって好きです」


そう答えながら、まじまじと徳重さんの名刺を見つめた。


「……警視庁捜査二課……課長さん? 警視?」

 やっぱり、さっき「署長さん」に呼ばれていた「警視」は聞き間違いじゃなかったのか。


「警視って、偉いんじゃ……え、スピード出世ですか?」


 さすがです、と思わず感嘆している私に、徳重さんは苦笑を返した。


「違うんだ。実のところ、俺は警察庁に所属する国家公務員で」

「警察庁……?」


 警視庁ではなくて?


「そうだな、ドラマやなんかで『キャリア組』って聞いたことないか?」

「えっ」


 私は名刺を取り落としそうになりつつ、目を白黒させた。


「あの、でも、えっと。徳重さん、交番でお巡りさん、してましたよね……?」

「あれは警察大学校の研修なんだ。巡査の階級章をつけて、交番勤務をする」

「え」


 私はぽかん、とテーブルの向こうの徳重さんを見つめた。

研修?


「じゃ、じゃあ、あんなに頑張らなくても良かったんじゃ」


 徳重さんは非番だっていうのに駅前でストーカー……植木博正を張り込んで、捕まえてくれたのだ。


「早く捕まえないときみが不安じゃないか」


 なんてこともないように、彼は言う。


「あの時は……所轄の対応も遅かったし……何より、目の前で震えていたきみの姿が頭から消えてくれなくて」


 徳重さんがそう言って肩をすくめた。
 それから眉を下げ、言葉を続ける。


「しかし……なんというか、騙したつもりはなかったんだ。けれど、俺はもうきみの『お巡りさん』ではなくなってしまったかな」

「そ」


 私はがたん! と椅子から立ち上がる。


「そんなことないです……! 徳重さんはちゃんとお巡りさんです!」


 徳重さんが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして──その後大きく破顔した。

 私はその笑顔に思わず見惚れてしまって……
ちょうどその時、ウェイターさんが前菜──春野菜とコンソメのジュレ、雲丹添え──を運んできてくれたのだった。
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