離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~
金山シェフにお礼を言って、車に乗り込んだ私は今日もう何度目が分からない「ご馳走様でした」を徳重さんに告げた。
「ほんとにありがとうございました……!」
「いや、そこまでお礼を言われるとかえってこっちが恐縮してしまう」
そう言って徳重さんが肩をすくめる。
(きょ、恐縮させてしまった……!)
慌てて頭を下げると、ぴん、と軽く、本当に軽く、徳重さんが私のおでこを指で弾く。
「俺が勝手にやったことだから。それに、俺も本当に楽しかった。付き合ってくれてありがとう」
私はぴゃっと顔を上げて、運転席で穏やかに頬を上げて笑っている徳重さんを見つめた──整いすぎるほど整っている端正な眉目が、私を見つめている。
それを意識するだけで、私の心臓は千切れて落ちてしまいそうなほど拍動するのだ。
今度は徳重さんの手を煩わせる前にシートベルトもきちんとして(なんだか少し残念そうな顔をされたような気がするのは──やっぱり気のせいだろう)申し訳ないけれどあとは送ってもらうだけ……
そう思っていたところまでは、記憶がある。
「──すまない鶴里さん、ここからはどう行けば?」
低い、耳触りの良い男の人の声がする……
私はゆっくりと意識を覚醒させていく──覚醒、させ……て……っ!?
「わぁあ!」
私はばちりと目を見開いた。
そう、見開いた──どうしよう、思い切り爆睡していた!
きょろきょろと周りを見回したりする必要もなく、車の中という至近距離、もとい真横には楽しげに喉で笑う徳重さん。すっかり夕方の色に染まった日の光が車内を満たしていた。
「おはよう」
優しく徳重さんが言ってくれる。そんな彼もまた、夕陽に照らされていた。鮮やかな朱色、炎のような赤……それに意識がはっきりとしていく。
「おは、おはようございます……っ、じゃ、なくって、その、すみません……」
私は髪を手櫛で整えながら目線をウロウロさせた。窓の外は私の最寄駅のロータリー。とりあえずレストランから出るとき、そこまでお願いしていたのだった。
それにしたって、ああもう、私、何しでかしちゃってるんだろう……!
「高級な食事を奢っていただいただけでなく、送っていただく助手席で爆睡だなんて……!」
申し訳なさに頭を抱えそうになる私の、その頭のてっぺんを、徳重さんはその大きな手でぽんぽんと撫でてくれた。
「──っ!」
「よく眠れたか?」
優しい視線でそう言われて、私は素直に頷いてしまう。徳重さんは「あれだけ腹いっぱいになれば、そりゃ眠るさ」と冗談っぽく言った後に──ほんの少し、目線を鋭くする。
「何か最近、気になることでもあったんじゃないのか? 寝不足になるような」
「え?」
ぽかん、とする私の目元を、徳重さんの指が触れていく。骨張った、男性らしい指先の──その体温が妙に生々しくて、私は瞬きさえできない。
「クマができている。昼前に再会した時から思っていたんだ」
徳重さんが私から指を離す。
離れていく体温に、胸が切なく痛んだ。
「──あ」
私は自分の目元に触れた。まだそこに彼の体温が残っている気がして……