離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~
「はぁ!? 僕が風香ちゃんの恋人だぞ! 見初めてやったんだ! 彼女を離せぇ!」
砂田さんの裏返った声に、ぎゅっ、と徳重さんにしがみつく力を強くする。
ああ……私はどうしてこう、こういう人に狙われてしまうんだろう。何か悪いことをした? ただ、お客さんだから笑顔で接しただけなのに!
「ぼ、僕はな! 砂田鉄鋼の専務なんだ! もうすぐ社長なんだぞ?」
「そうですか。俺はこういうものです」
そう言って徳重さんはスーツの内ポケットから黒い何か──二つ折りの警察手帳を取り出した。
砂田さんはポカン、とそれを見つめて……それからワナワナと肩を震わせ、ばっと背中を向けて歩き去っていった。
すっかり砂田さんの姿が見えなくなってから──私は震える足でなんとか徳重さんから離れる。
「す、すみません……ありがとうございました」
「それはいい。何があった?」
徳重さんはふらつく私をさっと支えて、至近距離から私を見つめた。まっすぐな視線がばちりとぶつかる。私は目を逸らす。
(相談しちゃっても、いいのかな……)
もし、大ごとになったら……
だけれど、徳重さんの大きな手は私の肩をがっちり支えて離さない。
まるで話すまで逃がさない、と言われているようで。
私は観念して、ぽつりと口を開いた。
どの道助けてもらったのだから、事情くらいは説明しなくてはいけないだろう。
「あの人は、銀行のお客さんです。一年くらい前から、付きまとわれるようになって……」
「警察には?」
私はゆるゆると首を振った。
なぜ、と徳重さんが険しい顔のまま尋ねる。
「……うちの支店、さっきの……砂田様というのですが、あの方の会社と、その関係者との契約が多いんです。預金はもちろん、ローンに信託、保険まで」
それだけで言いたいことが分かったらしい徳重さんが苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「きみが下手な対応をすれば、それらが全て解約される──ときみの上司が判断したとか、そういうことか?」
こくり、と頷いた。
「卑怯な……まさか、耐え続ける気か? 今だって何をされるところだったか!」
「わ、分かってます! 分かって……でも、仕事を辞めたら母に心配をかけてしまいますし」
私の言葉に、徳重さんは眉宇を曇らせた。
覚えてくれていたのだろう、うちが母娘ふたりで生きてきたシングル家庭だって。
「母は、長年の夢だった食堂を二年前にやっとオープンさせたところなんです」
朝から給食の調理員として働き、夕方からは居酒屋でもバイトをして私の学費を工面してくれたお母さん。
お陰で私は銀行員なんて安定した仕事にもつけて──やっと、お母さんは自分の人生を生き始めたところなのだ。
「……もしかして、その食堂もきみの銀行が融資している?」
私の無言をイエスと受け取った徳重さんが前髪をかき上げた。
「だからといって見過ごすわけにはいかない」
私の肩を抱く片手に、ぐっと力がこもる。
「きみが危険な目に遭っていると分かっていて、放置するなんて」
「……でも、どうしようもないんです。あの人が、私に早く飽きてくれたらいいんですけれど」
徳重さんを見上げて苦笑してみせると、徳重さんはまるで自分が辛い思いをしているような顔で私を見つめる。
「砂田さんは社会的地位もある方です。もし訴えたりなんかしたら……銀行だけじゃなくて、私にだけじゃなくて。母にもどんなとばっちりがあるか」
お母さんのお店に嫌がらせ……想像しただけで、ゾッとする。
ひとり身体をすくめる私に、徳重さんがぽつりと口を開いた。
「──もし、きみさえ良ければ」
「?」
「本当に交際していることにしようか……いや、婚約がいいかな」
私は目を見開く──こ、婚約!?
「そうすれば、あいつもまだ諦める目があるかもしれない。俺が警察官だと身分を明かしたとき、慌てていただろう。自分でもまずいことをやっている自覚があるはずだ」
私は徳重さんの、その真心がこもった申し出を小さく首を振ることで辞退した。
「ご迷惑をおかけしたくはないですし……それに、ダメだったんです」
「ダメ?」
「はい。従兄が恋人のふりをしてくれたことがあったのですが、砂田さんは『そんな駆け引き無駄』だって。上司も……『砂田様のほうが将来有望だろう』って鼻で笑って」
徳重さんは絶句して私を見下ろしている。私は眉を下げて笑った。