離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~
ちょうどそのタイミングで、ブーブーとスマホのバイブ音がした。私のではない。
徳重さんがスーツからスマホを取り出して「はい」と通話に出た。
「モモ、どうしたんだ」
私はその名前にびくりとする。モモ?
徳重さんの親しそうな声が、やけに気にかかる。そんな権利なんかないのに!
「ああ、了解した。そうだモモ、今日から来客用が……いや違う。女性だが、……だから違うと言っているだろう。いい加減にしろ……っと、切られた」
呆れたようにスマホの画面を見る徳重さん。
さあっと血の気が引いていく。明らかに「モモさん」に何か誤解をさせたよね!?
私は慌てて「あのっ」と口を開いた。
「その、いいのですか? モモ、さんは……私がここに泊まっても」
「? もちろん。ここは俺の家だし……ああそうだ、さっき言っていた『家のことを任せている女性』というのがモモだ。なにか俺に言いづらいことがあれば、彼女に言ってくれても構わない」
私は恋心と嫉妬がぐちゃぐちゃになるのを感じながら、なんとか頷いた。
嫉妬なんかしてどうするの。
「部屋を用意してくる。少しゆっくりしていてくれ」
そう言って出て行こうとする徳重さんに私は頷いて──頷いたのに、大丈夫だって思ったはずだったのに、気がつけばソファから立ち上がってしまっていた。
そうして彼のスーツの裾を掴んで震え、俯く。あの時みたいに、しがみつきたい衝動にかられる。高校生の頃、助けられた、あの時みたいに──
「鶴里さん?」
「ご、ごめんなさい……まだ、ひとりに、しないで……」
ください、が言えなかった。声が震える。情けなくて、ぽろっと涙が溢れ落ちた。
徳重さんは振り返り、ぎゅ、と私を抱きしめてくれた。
──あの時は、子供の頃は、頭を撫でてくれた。
今は……大人になった今の私は、徳重さんの腕の中。
この違いは、一体何を意味するのだろうか? それとも、意味なんてない……?
「……なあ、結婚するか」
徳重さんの真剣な声が落ちてくる。
「──え?」
驚きのあまり、涙が引っ込んでいく。
え、耳、どうにかしちゃった?
……けっ、こん?
「車の中で考えていたんだ。今は詳しくは言えないが、俺は多分きみを助けることができる。彼氏のフリで無理ならば、結婚してしまえばどうだろう」
たくましい腕の中、彼を見上げる──
「離婚前提で構わない。あいつが諦めるか、……捕まるか。もしくはきみが転職して、あいつと完全に縁が切れるまで」
「で」
私は必死で息を吸い込み、言葉を続ける。
「でも! そんな、本当に! これ以上ご迷惑をおかけするわけには……!」
「いや、それがな。俺にも事情があって……協力してくれると有難いんだが」
「事情?」
ん、と徳重さんが頷く。
「曽祖父が商才があったと言っただろう? その関係で、まあ親戚も経営者であったり政治に関わっていたりと、まあ碌でもない感じなんだけれど……このままだと俺自身、政略結婚に使われかねなくてな」
「え、そ、そんな今時」
「あるんだ」
徳重さんが微かに苦く笑う。
「このままだと、名前もろくに知らないどこかの誰かと結婚させられかねない。きみと結婚して──バツイチにでもなれば、多少は自分の可愛い娘を嫁がせようって連中も減るはずだ」
そう言って苦笑する徳重さんの瞳は、「はい」って言うまで逸らしてもらえそうにない。
それでも逡巡する私の両頬を包み込み、徳重さんは私の顔を覗き込んだ。
「『はい』以外の返事はもらわないつもりだ」
どこまでも強気な彼のその発言に──気がつけば、私はおずおずと頷いていたのだった。