離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~
永嗣さんの車は都心の高級ブランドのショップが立ち並ぶ一角に止まった。
ショップのひとつから黒いスーツの店員さんが素早く出てきて、永嗣さんから鍵を預かる。
「お願いします」
鍵を渡すあまりに慣れた仕草に、やっぱり頭の中が疑問符でいっぱいになる──永嗣さん、何者なの?
降りようとすると、永嗣さんがドアを開けてくれた。頭を下げて車を降り、彼に続いてショップのひとつに入る。思い切り挙動不審な自信がある……
「徳重様、本日は……」
すっと出てきた金のネームプレートを付けた男性に、永嗣さんは穏やかに言う。
「彼女に合う服をお願いできますか? 食事に行きます」
永嗣さんが告げた店名は、ここから近くの高級に超を重ねた外資系ホテル。
お店の名前的に、中華料理だろうか。ヒェッという悲鳴が漏れそうになる。
「かしこまりました」
……かしこまらないで!
私はばっと永嗣さんを見上げる。彼はきょとんと私を見返した。
「い、今からなにを」
「指輪はダメなんだろう?」
「いえ、そうじゃなくて」
服ならいいとか言ってません……!
ここにきて、私はようやく気がつく。これも誕生日プレゼントってこと……!?
でもここまでされたら、私、何もお返しできそうにない……!
私の必死の目での抵抗むなしく、私はショップのお姉さんによってずるずるとやけに広い更衣室へと引き摺られていった。
そうして、着せ替え人形のごとくさまざまな服を着させられて。
「肩がすうすうします……」
なぜか現れたメイクさんによってお化粧まで施されながら、私はそんな感想を呟いた。
私がいま着ているワンピースは、グレイッシュホワイトのレースのワンピース。レースと言っても、大きな花柄に編み込まれたレースが幾重にも重なった、明らかに手間がかかっているとわかるものだった。
靴はアイヴォリーホワイトのピンヒール。ヒールは高すぎず低すぎず、歩きやすい。
「よくお似合いです」
にこにことお姉さんが言う。メイクさんも楽しげにメイクをしてくれて……
「あれ、風香様。もしかして人からメイクされるの、よくあります?」
「……あ、それはあるかもしれません。イトコのメイクの実験台によくなっていたので」
「ふふふ、イトコ様のお気持ち分かります。これだけの美人がそばにいたら色々したくなりますもの」
「ねー! 本当に。わたくし達もお召し物を選ばせていただくのめちゃくちゃテンション上がりました!」
リップサービスであろうお姉さん達の言葉に、お世辞と分かっていても照れ半分に頬が綻ぶ。
そうして髪までセットしてもらい、更衣室から出ると。
「……わ」
思わず彼を見て感嘆が漏れた。
そこにいたのは、三揃えのスーツをぴしりと着こなした永嗣さんで……華やかな赤系のネクタイがやけに似合う。腕時計もいつの間にやら変わっていた。
髪の毛もさっきまでとは違う感じ、オールバック気味ににセットしてあって、なんていうか、イケメンはなにしても似合うんだなあって……
永嗣さんが少し眩しそうに目を細めて、革靴の音を鳴らして私の側までやってきた。
「似合ってる」
じっと私を見つめて放たれたその言葉に、顔どころか首まで熱くなる──
「行こうか」
「あっ、あのっ」
必ず服の代金お返しします、と言おうと思ったけれど……また怒られそうだから、素直に受け取っておくことにした。
「ありがとう、ございます……」
永嗣さんは無言で私の手を取る。
大切な人にそうするように──永嗣さんの大きな手。骨張った、男の人の指が私のものと絡む。
──ああ、期間限定だとしても、私はこの人の奥さんになるのだ。
(耐えられるかなあ……)
私はいつか来るお別れを想像して少し辛くなる。笑顔で、綺麗にお別れしなくちゃいけないのに。
忘れてはいけない。
私の目的は「結婚することによって身を守る」ことで。
永嗣さんの目的は「離婚することによって政略結婚しないで済むようにすること」なのだ。