離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~
セスナはちょうど都心に差し掛かったようだった。キラキラと何億と散りばめられた星屑のような白い煌めき。深いオレンジ色の川のように見えるのは高速道路か。水底に沈んだ光の粒のよう──
「以前」
永嗣さんの声が、ふわふわと心地よく耳に届く。
「この情景を見て、つい『宝石のようだ』なんて感想を漏らしたことがあったんだが──『そんなのはプロポーズのときにでも言ってください』と言われたのを思い出して」
私はぎくりと肩越しに永嗣さんを見た。
……なんだか、ひどく親しい人との会話を思い出すような言い方だったから。
「……その、人って」
永嗣さんからのプロポーズを待っていたんじゃないの?
嫉妬する権利なんかないのに、私は百さんのときと同じような反応をしてしまう。……あの、嫉妬したの、すごく恥ずかしかった。だって百さんは永嗣さんの「ばあや」で、……そもそも私と永嗣さんの間にあるのは「契約」だけ。それなのに、私は全然反省していない。感情が勝手に私を動かす。
私はこんな人間だっただろうか?
永嗣さんは不思議そうな顔をして首を傾げ、口を開いた。
「ああ、以前の部下で……もう定年したかな。刑事一筋の頑固な人だった。捜査の関係でヘリ移動をしなくてはならなくて」
「……あ」
私は夜景に目線をスライドさせた。
(ま、またやっちゃった……)
勝手に妄想して勝手に嫉妬して──
なんて恥ずかしいんだろう!
「……ん?」
私はハッと目を見開く。『プロポーズの時にでも言ってください』って……
「風香」
名前を呼ばれて振り向くと、ぐっと薔薇の花束を押し付けられた。
「──!」
私は薔薇の花束を見つめる。
真っ白な薔薇の花束──
一輪だけ、白百合の花が混じっていた。
「指輪がいらないのなら、せめてこの夜景をプレゼントさせてくれないか? ……気障すぎるか」
永嗣さんが目を細めて軽く笑う。
「……いつの間に?」
あまりに驚いてしまって、出たのはそんな可愛くない言葉だった。ふ、と永嗣さんがまた笑った。
「説明しないほうがダサくない気がする」
百合と薔薇の香り。
頭がくらくらしてくる──あまりに現実味がない。
宙に浮いているような気分だった。
永嗣さんと、ふたりで。
「結婚しよう、風香」
私は目の奥が熱くて仕方ない。好きが溢れて涙になってしまいそう。
この人から離れるとき、私は死んじゃうかもしれない。
私は永嗣さんが将来きっと得るだろう「本当の奥さん」が羨ましくて仕方ない。契約でも政略でもない結婚。
その人はきっとこれ以上に大切に愛されるのだろう。
そう思うと、まだ見ぬ彼女が妬ましくてしかたないのだ。